『シンドラーのリスト』よりすごい

6000人救った日本のシンドラー杉原千畝氏を知っていますか?

2006.06.15 THU

アカデミー賞を7部門受賞した映画『シンドラーのリスト』から早いもので13年。最近、妙なことでシンドラーが注目されている。そう、例のエレベーター会社の一件がそれだ。

ちなみに映画のシンドラーというのは、戦争中にナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺がおこなわれていた最中、自身もナチス党員の実業家としてユダヤ人を工場でこき使いつつ、最後は私財をなげうって千人以上のユダヤ人の命を救ったオスカー・シンドラーという実在した人物。同じ名前でもエレベーター会社とえらい違いなのだ。

でも、あの戦争中にユダヤ人を救ったのはシンドラーだけじゃなかったのを知っているだろうか。じつは日本にも「日本のシンドラー」と呼ばれる外交官がいたのだ。その外交官とは杉原千畝(ちうね/故人)さん。杉原さんはリトアニアの日本領事館領事代理として、少なくとも6000人以上のユダヤ人の命を救ったといわれる。

話は65年前の夏にさかのぼる。リトアニアはドイツと旧ソ連のあいだにある小さな国で、当時、ドイツ占領下のポーランドから多くのユダヤ人が逃れてきていた。でも、そのリトアニアもソ連に併合され、ユダヤ難民は通過ビザを求めて日本領事館に殺到。生き延びるには第三国の日本に出国するしかなかったのだ。だが、問題は当時の日本とドイツが同盟国だったこと。それもあって、政府は杉原さんが求めたビザ発給許可を拒否。しかもソ連は領事館閉鎖を要求してくるし、日本政府からは再三の退去命令。そして、悩んだすえに、杉原さんはついに決断する。政府に背き、無許可でユダヤ難民にビザを発給することを――。

7月から9月初めにかけて、杉原さんは約1カ月ものあいだビザを書き続けたといわれる。領事館を閉鎖され、ベルリン行きの電車が動きだすその瞬間まで。その後杉原さんは47年に帰国するが、そこで待っていたのは外務省の解雇通告だった。嫌な事件が続く最近だからこそ、こんな人がいたことを憶えておいてほしい。

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