靖国問題や日中関係のルーツ!?

「日中国交正常化」について振り返ってみる

2007.09.27 THU

毎年、終戦記念日のたびに総理大臣が参拝するかしないかが話題になったりと、つねに日本と中国のあいだに政治的課題として横たわってきた靖国神社参拝問題。そのルーツが、ちょうど35年まえのある出来事にあったというのを知っているだろうか。

その出来事とは、まもなく35周年を迎える「日中国交正常化」。1972年9月29日、当時の田中角栄首相と中華人民共和国(中国)の周恩来首相が北京で日中共同声明に署名し、それによって戦中戦後と“不正常”な外交関係にあった日中が国交を結ぶことになった歴史的イベントである。

それがなぜ靖国問題のルーツなのか。そもそもこの日中共同声明にはいくつかの重要なポイントがあった。ひとつは中華人民共和国が中国の唯一の合法的政府であると認め、「台湾は中国の一部」という中国の主張を日本がじゅうぶん理解し、尊重すること。そしてもうひとつが、中国が日本に対する戦争賠償請求を放棄するということ。

なんで中国は賠償放棄したのか。じつは中国は、おもに中国国内にアピールする意図のもと、日本に対してこういう戦争認識を示してきたのだ。日中戦争は日本の軍国主義者がおこなったもので、中国人民同様、日本国民も軍国主義の被害者だ。悪いのは少数の戦争指導者だから、日中友好のために日本国民を苦しめるような賠償は放棄する―。こういう理屈である以上、中国が靖国参拝に怒るのはある意味あたりまえ。日本の総理が戦争指導者のA級戦犯を祀ってある靖国神社を参拝すれば、それは中国にとって35年前から国民に対して説明してきた戦争認識の否定につながるからである。

けっきょく日中関係とは、日中戦争をどういうふうに解釈するかによって変わってくるものなのだ。いまや経済をはじめ、日中のあいだではすでにいろんな分野で交流が増え、日中共同による歴史検証作業もはじまった。国交正常化から35年、日中戦争を考えることの意義はどんどん大きくなっているのかもしれない。


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