息子の福田首相も受け継いだ?

福田赳夫元首相が提唱した「福田ドクトリン」ってなに?

2007.10.25 THU



写真提供/時事通信
政権発足から約1カ月、安倍さんが残した課題が山積みで、独自の政策がぜんぜんみえてこない福田首相。そんななかでも、これまでとあきらかに変わるといわれているのが外交政策、とりわけアジアに対する外交政策だ。

福田さんの外交の考え方は、従来どおり日米関係を維持しつつ、アジアとの連携をより強化、歴史問題では妥協できるテーマでは無理に対立する必要はないというもの。これをみても小泉さんや安倍さんと少し違うのだが、じつはこうした福田さんの考え方に大きく影響を与えたものがあるのだ。

それは「福田ドクトリン」。ちょうど30年まえの1977年、福田さんが政界入りした年に、お父さんである故・福田赳夫元首相がマニラでおこなった演説で提唱した有名な東南アジア外交3原則がそれだ。

福田ドクトリンとはどんなものだったのか。福田赳夫元首相が訴えたものはおもに次の3つ。(1)日本は軍事大国にならないとの決意のもと、東南アジア、ひいては世界の平和と繁栄に貢献していく。(2)東南アジア地域とのあいだで心と心の触れあう相互信頼関係の構築を目指す。(3)日本は対等な協力者として連帯と強靱性の強化に向けたASEANの自主努力に協力――。

一見ふつうのことしか言っていないようにも思えるが、当時、東南アジアの国のあいだでは日本の経済的支配に対する反発が強まり、ASEANとの関係がすごく悪かった。このメッセージはそういう状況下で提唱されたもので、実際、ASEANはもちろん、世界中が福田ドクトリンを高く評価。最近でも、フィリピンのアロヨ大統領が福田さんの首相就任を祝う発言のなかで福田ドクトリンに言及したくらいなのだ。

考えてみれば、EUがどんどん拡大していき、南米にも南米共同体という地域連合ができた現在、アジアもみんなで協力していかなければならないのはあたりまえのこと。お父さんが提唱した福田ドクトリンをふまえて、福田さんは対アジア外交をどんなふうに進めるのだろうか。


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