一億総中流時代も今や昔

あえて現在、R25世代の「中流意識」事情を考えてみた

2008.04.24 THU

かつては一億総中流なんていわれた時代もありましたが、最近聞こえてくるのは、下流とか下層とか、下ばかり。反対に勝ち組なんて上の種族もいるらしい。では、そんな現代の中流意識とはどのようなものなのだろう? (財)家計経済研究所の次席研究員・久木元真吾さんに聞いてみました。

「もはや中流という言葉自体がほとんど死語です。高度経済成長期は、三種の神器とか、マイホームとか全員が一律これを達成したら中流という同じ価値観を共有できていたんです。しかし価値観が多様化した現代では、金銭的な満足度と精神的な充足度が必ずしも一致しなくなってしまったんです。たとえば仕事を辞めて田舎でスローライフとか、色んな生き方が受け入れられるようになった。ただし所得における中間層がなくなったわけではありませんから、単純な意識調査をすれば今でも半数以上が収入を基準に中と答えますよ」

所得だけでみるなら、現在も中の人たちが多数を占めるけど、中流意識となると別ということらしい。ちなみにR25世代(25~34歳)にとっての中流とはどのようなものなのだろう?

「40年前のR25世代は、結婚して、子供がいて、家があって、それがあたり前でした。それに経済も右肩上がり、終身雇用である程度出世も約束されていたんです。それがかつての中流の条件です。今ではリストラや倒産も日常的で将来に対する漠然とした不安がまん延しています。なかなか自らのことを気軽に中流と見なしづらくなっていると思いますね」(同)

どうやら自由になり多様性が認められるようになった価値観のため、同じ物差しで、他人と自分を比べることを難しくさせ、加えて時代の閉塞感や不安感が、中流という意識を持つことを難しくさせているというのが答えらしい。お金と心と時代背景が複雑に絡み合った現在の中流意識なかなか一筋縄ではいかないようです。


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