北朝鮮との交渉で急浮上

「よど号」事件って、どんな事件だったの?

2008.07.24 THU



写真提供/時事通信社
テロ支援国家指定解除に向けての動きのなかで、北朝鮮が拉致被害者の再調査とともに、よど号事件実行犯の引渡しに言及したと一部で報道されている。しかし、たびたび北朝鮮がらみのニュースでとりあげられるよど号事件とは何なのか。正直、よくは知らないというのがR25世代の本音だろう。

よど号事件は、1970年に起きた「赤軍派」と称するグループが起こした日本初のハイジャック事件だ。当時の学生は、今では信じられないほど政治的で、本気で革命を目指す集団まであった。赤軍派もそのひとつで、革命の一環としてよど号をハイジャックし、北朝鮮へと亡命したのだ。

しかし、こう聞いたところで僕らには、よくわからない面もある。なぜ、学生の政治的な運動が盛り上がったのか。なぜ、よど号メンバーは北朝鮮に向かったのか。自身も学生運動に関わり、よど号事件を追ったノンフィクション『宿命』(新潮文庫)の著者、高沢皓司氏に話を聞いた。

「学生運動といっても、ほとんどの学生は共産主義や社会主義なんてわかってなかった。今思えば、ただ反抗したかっただけだと思うよ(笑)。政治的だったのは、時代としかいいようがないね。ちょうど日米安保条約という政治的なプログラムがあったし、ベトナム戦争もあった。それに反対するのが一番アピールしやすかったんだ」

それにしても、どうしてハイジャックをしてまで、よど号メンバーは北朝鮮に亡命したかったのだろうか。

「当時の日本人は、北朝鮮の実情なんて知らなかったんだ。彼らは、北朝鮮を足掛かりに革命を起こすつもりだったんだけど、予測がはずれた。拉致やよど号グループにしても不明点が多いだろう。ちゃんと日本側が調査すべきだ、と俺は思うよ」(同)

アメリカが、北朝鮮をテロ支援国家と指定した際の根拠のひとつも、よど号メンバーの滞在を許していることだった。事件から38年経った現在でも、よど号事件は終わってはいないのだ。


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