米大統領は聖書を手に宣誓してたけど

国によって意味が違う!?「政教分離」の“お国柄”とは…

2009.03.05 THU



写真提供/時事通信社
先日、米国のオバマ大統領が就任後初めての議会演説をおこなった。いつも不思議に思っていたのだが、歴代の米大統領の演説って、なぜ「God bless America(アメリカに神の恵みあれ)」で締めくくられることが多いんだろう。そういえば、オバマさんは就任式でもリンカーンが使ったという聖書のうえに手を置いて宣誓していた。かりに日本の首相が同じようなことをすれば「政教分離の原則に反する」と大問題になるはず。米国には「政教分離の原則」が存在しないのか。

政教分離の原則とは、その名前のとおり、国家と宗教を分離する原則のこと。日本では、戦前・戦中に神道が国教化され、結果的に戦争に突き進んだ反省から、憲法で国によるいかなる宗教的活動も禁じている。首相が靖国神社を参拝すると大騒ぎになるのはそういう理由もあるのだが、この政教分離、各国でけっこう考え方が違うのである。

たとえば米国の場合、政教分離は「Separa-tion of Church and State(国家と教会の分離)」と表現する。日本が政治によるあらゆる宗教的活動を禁じているのに対し、米国で禁じられているのは、国家が特定の宗教に特別な便宜をはかることや、国教を定めることだけ。かりに特定の宗教が政治に深くかかわったとしてもそれは政教分離に反することにならない。もちろん合衆国憲法では「信教の自由」も認められているので、大統領が就任式で聖書に宣誓するといった宗教的行為もまったく問題ないのだ。

ただし、日本と同様に政教分離に厳格なフランスでは米国のようなことは考えられないし、一方で英国のように、英国国教会という国教まで存在する緩やかな政教分離の国もある。いずれにしても、その背景にあるのは特定の宗教が国を支配したり、国家の分裂の原因になったりしてきた数々の歴史。日本は政教分離という概念が戦後に完成されたかたちで持ちこまれたためにその意味を考える機会があまりなかったが、世界には、政教分離ひとつをとってもほんとうにいろんな考え方があるのだ。


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