村おこしの経済学

第11回 「ゆず」が村を盛り上げる!

2009.10.23 FRI

村おこしの経済学


馬路村のゆず農園。なお、JA馬路村のホームページでは、ゆず関連食材だけでなく化粧水など多彩な商品を販売中だ

ゆずを食卓になじませるには?JA主導で仕組み作りに挑戦



馬で行く以外に交通手段がないというのが村名の由来とされる高知県の馬路村(うまじむら)は、面積の96%を山林が占める自然豊かな村だ。現在の人口はおよそ1000人。県内34市町村の中で2番目に人口が少なく、規模だけを見れば「限界集落」と呼ばれる町村と大きな差はない状況だ。

そんな小村のゆず事業が、年間約33億円も売り上げるというから驚かされる。過疎化、高齢化が進む村で、一体どうしてこのような成功を収めることができたのか? 馬路村農業協同組合(JA)を直撃した。

「農協がゆずの生産を推奨し始めたのは、昭和38年のことです。高度成長期に入り、村からどんどん人が都会へ流出していったため、村内に新しい産業を興そうと目を付けたのがゆずだったんです。馬路村ではもともと大半の世帯が農業を営んでおり、すぐにそれまでの作物と並行してゆず作りが行われるようになりましたが、農薬を使っていないため形がイマイチで、味は良いのに当初は市場でなかなか思うように売れなかったといいます」(馬路村農業協同組合・営農販売課課長補佐 山崎友和さん)

ゆずはもともと高知県の名産物。県内では昔からゆず果汁を食卓で使う文化が根づいていたものの、全国的には「ゆずの利用法を知らない地域の方が多かったのでは?」(山崎さん)という状況であったという。

それでも辛抱強く、村民が一体となってコツコツとゆず作りは続けられ、JAが本格的にゆず事業の仕組み作りに着手したのは今から20年前のことだ。

「JAとしても、こうして事業の音頭を取ることは珍しいと思いますが、ゆずをどうアピールすれば全国に認知され、買ってもらえるようになるか、皆でアイデアを出し合って商品展開のテコ入れを行いました」(同)

その結果、ゆずをそのまま果実や果汁で売るのではなく、加工食品として販売したことがヒットへの足がかりになったと山崎さんは語る。

「そもそもゆず果汁は、それ単体で主役になれるものではなく、肉料理やカニなどに添えることで際立つ商品です。そこで、まずはとにかく日常的に食卓に並べてもらえるような商品を作ることが先決と考え、ジャムやジュースなどの加工食品を開発したのです」(同)

それでも、すぐに馬路村の商品が売れ始めたわけではない。JAでは全国の百貨店を回り、出来上がった商品を催事場でPRするなど、10年以上にわたって地道な営業活動を続けてきた。それも、ゆずの品質に絶対の自信があったからこそだろう。時間はかかっても、いつか受け入れられる確信があった。

そして90年代に入ったころから売れ行きは少しずつ伸び始め、ついには村を支える一大産業に成長。「あきらめずにコツコツと努力した」ことが実を結び、現在馬路村で作られるゆず商品は30種類以上にも広がっている。

馬路村ブランドは、村が一体となって長い年月をかけて努力を重ねてきた賜物なのだ。
全国に多くのファンを持つゆずジュース、『ごっくん馬路村』。実は筆者も大ファンで、現在も自宅にこんなに買い溜め、毎日愛飲しています。スッキリ感がたまりません!

村民の生活を支えるゆず産業 大きく成長した理由は?



四国を旅したことがある人なら、空港やお土産店などで『ごっくん馬路村』というジュースを目にしたことがあるはず。今日では全国にファンを持つこのゆずジュースは、高知県・馬路村がおよそ30年以上をかけて取り組んできたゆず事業の成果だ。

「馬路村は豊かな自然以外には本当に何もない地域ですが、私たちが目指しているのは第一に組合員の生活向上です。ゆずが売れるようになれば、それを生産する農家の方々にも収入が発生しますし、事業にともなう人の出入りや物流も生まれ、村に活気が生まれます」(馬路村農業協同組合・営農販売課課長補佐 山崎友和さん)

その言葉の通り、馬路村農業協同組合(JA)と村民が一体となって作り上げたこのゆず事業は、今日では村の大切な糧となっている。その成功要因のひとつは、「商品と一緒に村の情報を提供してきたこと」だと山崎さんは語る。

「通信販売で全国のお客様に商品を発送する際、馬路村の情報を掲載したニュースペーパーを必ず同梱するようにしてきました。内容は村の雰囲気をお伝えするもので、『田植えの時期がやってきました』や『村の学校で運動会が催されました』などといった、季節ごとの情報を掲載しています。結果的にこれが馬路村の名前を認知していただくことにつながったのだと思います」(山崎さん)

特定のブログを定期的にチェックしているといつの間にかファン心理が芽生えることがあるように、コツコツと村の雰囲気や魅力をアピールし続けたことが、最大のブランディング効果を生んだわけだ。その結果、ゆず事業の成功が村にもたらした恩恵は大きい。

「現在、ゆず商品を製造している工場では80人ほどの従業員が働き、村内にある約170軒の農家のほとんどがゆずを生産しています。いろんな方に馬路村のゆずの魅力を知っていただき、ようやくゆずの市場を築くことができました。人口の流入もあり、Uターン就職よりもIターン就職で馬路村へ移住してくる若者が多く、JAでも現在15人ほど県外から採用した若いスタッフが働いています」(同)

UターンよりIターンが多いというのはユニークな現象だが、これも馬路村が全国にファンを増やし続けてきた成果のひとつだろう。

その一方で、農家の高齢化という課題も抱えている。さらなる地域貢献のためには、今以上に生産力を上げていく必要だってあるだろう。それでも、コツコツと努力を重ねてきた村だけに、しっかりと地に足をつけて将来を見据えている。

「いわゆる箱モノを建設するような願望はなく、村自体に手を加えるつもりはありません。少しでも多くの方に馬路村のゆずを知っていただき、10年後も20年後も現在の状況を維持していければと思っています」(同)

誰よりも、全国の馬路村ファンこそがそれを願っているはずだ。 その村ならではの特徴や名産を見つけるのはそう難しくないと思いますが、それを事業として成功させるのはとても難しいこと。馬路村では長い時間をかけ、じっくりと育て上げたゆず産業を、売れなくてもあきらめずに時間をかけてPRするという努力を続けたことが成功につながりました。

結果として村の経済が活性化し、産業、つまり雇用が生まれる。これこそ、村おこしの理想形です。馬路村のケースはまさしく努力の勝利といえそうですね。

さて、本連載もとうとう次で最終回。駆け込みで新たな村おこし情報、ここまでの感想、何でもメッセージお待ちしております。

また次回!

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