知ってなるほど“お金”トリビア

第10回 日本の通貨制度の今昔

2010.10.27 WED

知ってなるほど“お金”トリビア


こちらが銭貨の「銭さし」。よく時代劇で見かけますよね。当時のレートでは、一文銭4000~10000枚と一両の金貨小判1枚が等価だったそう 画像提供/日本銀行金融研究所貨幣博物館

江戸時代のお金は3種類あった!?



一万円札や千円札など4種類のお札があって、百円玉や十円玉など6種類の硬貨がある。この、当たり前のように慣れ親しんでいるお金のシステムですが、かつては国内にいろんな種類のお金が共存していた時期があったのだとか。

例えば江戸時代には、金・銀・銭という3つの独立した価値を持つ貨幣が使われていたそう。これは『三貨制度』と呼ばれ、たとえていうなら国内で円・ドル・ユーロが同時並行的に使われているようなもの。これは世界的に見ても非常に珍しい体制だったのだとか。

金貨は小判1枚=1両が基準で、それ以下に「分」「朱」という単位があり、16朱=4分=1両という「四進法」で表すお金でした。銭も同じで、1枚=1文。枚数がそのまま金額を表すという点で、感覚的には現在のお金に似ています。やっかいなのは銀貨で、こちらは重さで価値を表すというお金。ナスは銀貨○○g、みたいな感覚ですね。 また、江戸から明治の初期にかけては、各藩が『藩札』という様々な単位のお金を発行しており、政府も『太政官札』と呼ばれる独自の紙幣を発行。さらに、明治15年に中央銀行としての日本銀行が設立されるまでは、各地の銀行でも紙幣を発行するなど、混乱を極めた時期もあったようです。

現在では、紙幣を発行できるのは日本銀行のみで、貨幣を発行できるのは日本国政府だけ、と法律で定められていますが、いろんなところで様々なお金が造られていた時期があったとは…驚きです。

昭和に入ってからも、10銭や5銭という“円未満”の日本銀行券が発行されたり、これは結局発行に至らなかったようですが、太平洋戦争末期の昭和20年には、金属素材の不足により、粘土を材料とする「陶貨」まで造られていたのだとか。

統一された単位で、しかも安定的に使用することができる…。長い混迷の歴史を思えば、今のお金がなんだかありがたいもののように感じてきませんか? 身近なお金についての素朴な疑問を募集中。下記のボタンから投稿ください。

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