田園調布、芦屋、白壁…

なぜ金持ちが集まるように?「高級住宅街」のルーツとは

2011.10.20 THU


下屋敷跡地の有栖川記念公園。下屋敷の美しい庭園が客をもてなす際に有効だと考え、富裕層が邸宅を構えるようになった
画像提供/アフロ
東の田園調布、西の芦屋といえば、高級住宅街の代名詞。ほかにも元麻布や広尾など、高級感漂う街はいくつかあるけれど、これらの街はなぜそうしたイメージをまとうようになったのだろう?

「高級住宅街の成り立ちには2つのパターンがあります。まず、1つ目は、江戸中心部からやや離れたエリアにあった大名の下屋敷跡地を、明治初期になって宅地開発したパターン。当時はそこに邸宅を構えることがステータスでした」

そう答えてくれたのは、都市史研究者の岡本哲志さん。たとえば麻布には伊達家や北条家、広尾には南部家の下屋敷があり、名古屋の白壁には尾張徳川家の武家屋敷があった。いずれも水道設備が整っているなど、利便性を求めて富裕層が居を構えたことが、その後のイメージの源となっているそう。では、もう1つのパターンは?

「2つ目は、20世紀初頭にイギリスのエベネザー・ハワードが提唱した“田園都市構想”に端を発するもの。田園調布や芦屋など、郊外の高級住宅街がこれにあたります」

田園都市構想とは、産業革命によって環境が悪化したロンドンを離れ、自然豊かな郊外に住宅地を造るという考え。当時、都心に人口が集中しつつあった日本でも、この考えが受け入れられたのだとか。

「しかし、当時は郊外から都市部へ通勤するためには、車が必要不可欠でした。そのため、経済的に余裕のある富裕層しか郊外に住むことができなかったのです」

また、郊外に高級住宅街が造られる過程で、電車も重要な役割を果たしたのだそう。

「当時、郊外ではインフラ整備が遅れていて、停電することも珍しくありませんでした。しかし、電車が走る場所に住宅街を造ることで、電車と同じ経路で安定した電力供給源を得ることができたのです」

高級住宅街が駅近に多いことに、そんな背景があったとは。高級感のある街には、それなりの歴史があるようです。
(月川碧/blueprint)


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