R25的哲学講座その1

「自由」っていったい何ですか?

2006.03.23 THU

「小さな政府」と「自立した個人」。小泉内閣が考える、望ましい政府と国民のあり方をスローガン風に表現すれば、こんなふうにいえるだろう。二つは次のように結びついている。「政府は、規制緩和や民営化を推進して、極力干渉を排します。だから、個人は自由に競争し、その勝ち負けについては自分で責任を取ってくださいね」と。

これは体よくいえば、「自由の拡大」ということだ。そしてこのメッセージには二種類の「自由」が表現されている。

一つは「消極的自由」といって、国や他人から強制を受けない状態をいい、「~からの自由」ともいわれる。規制緩和はまさにこれ、「国による干渉からの自由」を拡げるものだ。

それに対して、「積極的自由」と呼ばれる自由がある。こちらは、自分の欲望から自由になること、つまり自分が理想とする状態へ向かって、強く決断するあり方を指す。いわば目標指向の自由という意味で、「~への自由」という。「自立した個人」とは、積極的自由を求める個人のことだ。

さて、ではいまのニッポンは、はたして「自由な社会」を実現できているのだろうか。必ずしもそうとはいえない部分も多い。たとえば、「安全・安心」を強く求めすぎるあまり、僕らは自ら「監視」されることをよしとしている。かつては安全と自由とは重なることも多かった。でもいまや、安全は自由をすり減らしているようだ。

その根っこには、他人への無関心が強まっているという見方がある。「自立した個人」という考え方がゆがむと、「自分は自分、他人は他人」という孤立化が助長される。それは結果として、個人に不安をもたらし、「自由」と引き換えに過剰な安全を求める気持ちを生んでしまうのだ。

拡大しているはずの自由が同時に自由の縮小を呼び起こすという矛盾。この袋小路は、どう考えればいいのだろう。これは、「平等って何?」という話につながるんだけど、それはまた今度。

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