老舗や名店が多いけど

オトナの街“銀座”はなぜ高級なの?

2007.10.04 THU



写真協力/『GHQカメラマンが撮った 戦後ニッポン』(アーカイブス出版 定価4700円)
銀座といえばオトナの街、高級な街。路面には高級ブランドショップが立ち並ぶ。でもここで疑問。そもそもなぜ銀座は高級な街になったのだろう?

江戸時代、銀座は地味な職人の街だったという。銀座が変貌を遂げたのは明治時代。「銀座の大火」により壊滅した街を、国家事業として煉瓦造りの洋風な街へと造りかえたのがすべての始まりだったそうだ。

「そこに目を付けたのが、輸入物の衣料や食料、雑貨で商売を始めようと考えた商人たち。横浜新橋間に鉄道が開通して、外来文化が入り、銀座は駅前商店街として栄えました」とは、ギンザのサヱグサの社長で、銀座の研究も行っている三枝進氏だ。

名店が出店し、現在の銀座のイメージの基礎ができたのはこのころ。またビジネスの街・丸の内と、政治の街・霞ヶ関の中間にあるという立地から、新聞社や出版社がオフィスを構え、銀座は情報の発信地としても栄えた。そして戦後には夜の街としての顔も出現。焼け残ったビルが進駐軍に接収され、銀座の街はそうした外国人のための高級な社交場と変容したというのだ。

「銀座の大火後も関東大震災、東京大空襲と、二度の壊滅が訪れます。しかし、銀座の復興は早かった。繁華街としての機能は絶えなかったんです。昭和初期には百貨店ができ、昔ながらの商店もそれに刺激されて商売にますます精を出した。当時はモダニズムの象徴でしたね」(同)

常に流行の先端として文化をリードしつつ、老舗とも共存する街、銀座。“いい店”が“いい店”を呼び、海外の高級ブランドまで呼び寄せた。寛政12年(1800年)創業、大黒屋のご主人・安西さんは語る。

「銀座は人々にとって常に“憧れの街”ですから。流行にこびることなく、いいものを追求する店と、お客様が集まってくる。本格志向の大人がリードする街なんです」 

高級な店鋪だけでなく、そこに来る人たちの気品や志向が銀座を作り上げているのだ。

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