反省のポーズは坊主

いったいいつから坊主は“反省”の印になったのか?

2007.11.22 THU



写真提供/AFLO
世界戦でヤラかした反則を謝罪するために会見場に現れた亀田大毅は、切るハズだった腹を髪の毛に代え、自慢の金髪を剃って丸坊主になっていた。父・史郎氏によれば本人なりの“謝罪の気持ちの表れ”らしいが、ひと言もしゃべらず丸坊主だけで丸く収まるほど世の中甘くはないよねぇ。結局、あの丸坊主は、なんだったのか。そもそもいつから「坊主=反省」の公式ができちゃったのか。

「髪を切る行為は、昔、中国の刑罰のひとつだったことが中国の『漢書・刑法志』に書かれています。東洋では、髪に刃物を当てることがタブー視されていたり儒教的な影響などから、親からもらった体を傷つけるのは不孝ということで罪を犯した印を表すために行われていたのでしょう」(『断髪―近代東アジアの文化衝突』著者・畠山香織さん)

だいたい、今どき、犬も歩けば坊主に当たる、っていうくらい(言わない言わない)街中に丸坊主があふれてるから希少価値や抵抗感もないし、あんまり意味がないような気がしなくもない。ちなみに、もし、今みんなが働いている職場で仕事のミスをしたら丸坊主は効果があるのか?

「オススメできません。かえって白々しかったり嫌みに取られたりすることが多いのでは。型どおりの謝罪方法じゃすまないシチュエーションの時に“意外性”という面では効果があるかもしれませんが、やみくもに頭を丸めればいいというものではありません。頭を丸めるのはあくまで演出で、くれぐれも自分の置かれている立場・状況・本人のキャラクター、そして社風も考慮すべき」(『好感度が300%UPする「謝り方」』著者/「話し方研究所」会長・福田健さん)

だよねぇ…。ふと手にしたことわざ辞典にこんなのがあった。『頭剃るより心を剃れ』。要は、見た目より気持ちが大事、ってこと。今日、仕事でヤラかしちゃったキミ、とらあえず大丈夫、そのままで(笑)。


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