結成106年の木下サーカスに潜入!

奈良時代の曲芸から近代まで日本のサーカス史をヒモ解く!

2008.04.03 THU

半世紀前は映画に並ぶ娯楽の王様で全国に30以上の団体があったのに、今ではたった3団体になってしまったものはなぁに? 答えはサーカス団。そのひとつ木下サーカスが東京にやってくると聞き早速直撃。対応してくれたのは広報の篠原さん。公演前にテントの中を案内してくれながら突然、 

「せっかくですから登ってみますか?」

と指し示された先にあるのは空中ブランコのジャンプ台だった。ええッ!と思わずのけぞったが、勇気をふりしぼって決断。安全ベルトを装着しておっかなびっくり細いはしごを上った。そこは地上13m、人間が最も恐怖を感じる高さだ。猫の額みたいな足場でブルブルガクガク。やっとのことで写真を撮った。今年で106周年を迎える木下サーカス。空中ブランコは結成当時からの花形である。つまり筆者は106年の歴史の上に立ったわけだ。感無量である。

そもそも日本のサーカスには長い歴史がある。ちょっとだけヒモ解くと、始まりは7世紀ごろ、いろいろな曲芸を見せる「散楽」が中国から伝来した。これが現代のサーカスに当たるもの。奈良の正倉院には当時の芸を描いた絵が残されている。江戸期には浅草や京都の四条河原などで曲芸は見せ物として隆盛を極めた。彼らのバイタリティーはすさまじく、明治維新のころには競うように海を渡って日本の曲芸を海外に紹介したそうな。一方近代サーカスは18世紀のイギリスで発祥しヨーロッパ全土へ伝播。日本の曲芸もその要素をどんどん取り入れていった。そんななか、香川県出身の木下唯助は明治35年、中国の大連で木下サーカスの前進「木下巡業隊」を結成、今に至るのである。昭和初期には各県にひとつはあるとまでいわれたサーカス団だが、現在は『木下』『キグレ』『ポップ』の3団体だけになってしまった。ちょっと寂しい気もするけどそのパフォーマンスを見れば湿っぽい感情なんか吹き飛んでしまう。刺激の少ない毎日を送るあなた。一度足を運んでみては?


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