平安時代は食用目的だった…!!

1200年以上の歴史を誇る 街路樹のルーツをひもとけば…

2009.03.19 THU



写真提供/東京都建設局
初めての彼と歩いたプラタナス並木。思い出深いこの街路樹が、先日バッサリと切られていました(号泣)。なんでも、近隣住民の要望で植え替えに至ったとか。東京都建設局の砂田覚さん、そんなのアリなんですか?

「まれにあります。街路樹は、景観として美しく、強く成長するイチョウ、ケヤキ、桜などが主。でも、『落ち葉掃除や害虫駆除が大変』『日当たりを邪魔する』という理由から植え替えの要望が出ることもあるんです。こちらで調査をし、病気で空洞化した木が倒れるのを防ぐために植え替える場合も」 

ナルホド。しかしながらそもそも街路樹はいつからあるのだろう? 歴史をひもとくと、奈良時代にまでさかのぼる。奈良文化財研究所の千田剛道さんによれば、日本最古の歌集『万葉集』には平城京内に柳や橘が植えられていたとわかる歌があるそう。また、795年には旅人の安全、快適な交通を確保するため、七街道に果樹並木を植える太政官符が発布された。これは、食用でもあったとか。

その後の江戸時代、天下統一によって全国を結ぶ街道が整備され、並木も整った。明治維新後は、西欧にならい都市の街路樹が普及。第二次大戦後には、都市復興計画として全国緑化運動が進められただけでなく、東京オリンピック開催の波もあり、街路網が整備、拡大される。同時に東京都の街路樹も増加し、明治の終わりに約1万本だったものが約4万本を数えるようになった。さらに、高度成長期には公害対策の一環として交通網の環境が見直されて植樹も進み、90年には約15万本となっている。

90年代以降には、舗道の歩きやすさや日常空間の緑化を求める声が高まる。道路が増えるにつれて、00年には約47万本に。08年度末、東京都では54万本に達する見込みだという。なんと、街路樹の本数はずっと右肩上がりなのだ。

人間の歴史とともに歩み続ける街路樹。個人的な青春の思い出も含め、時代を映す鏡なのでありますなぁ。


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