ギャルがスゴいことになってますが…

西洋の貴族から江戸の遊女まで“盛り髪”の女心を探ってみた!

2009.05.28 THU



画像提供/ポーラ文化研究所
「昇天ペガサスMIX盛り」に「トルネード花魁アップ」。これはマンガの必殺技ではなく、某ギャル誌で紹介された、顔の3~4倍近くまで髪をアップにする盛り髪。いまだかつて、女性がこんなにも髪の毛をうずたかく盛ったことがあったのだろうかと思いきや、「これでもマリー・アントワネットにはかないませんよ」と驚がくの事実を教えてくれたのは、『ヘアモードの時代』の著者、ポーラ文化研究所の津田紀代さん。西洋では、1760年代後半から10年ほどが盛り髪の最盛期で、そのころの貴族は「顔から髪の頂点までと顔からつま先までが同じ寸法」とまでいわれたそうな。

「大きく結った髪型は、身分の高さを示すとともに美しさの誇示、自己表現の手段でもありました。女性たちは高さを競い、同時に装飾もエスカレート。結った髪の上に髪飾りや模型をのせ、神話の世界や鉢植え、牧場、戦場などを表現しました。特徴は、髪型に世相が表現されたこと。戦争を勝利に導いた戦艦の模型をのせたりと、当時の事件、人気の動物、劇、歌などをモチーフに髪型を作っていったのです」

この時代は、ベルサイユ宮殿がモードの最先端。特にマリー・アントワネットの髪型は、ベルサイユからフランス中に、そしてヨーロッパ全土の貴族たちに広まったという。

一方、日本で盛り髪が登場したのは江戸時代。発祥については諸説あるものの、上流社会と遊郭の女性に流行し、特に遊女のなかでもランクの高い人たちは、競い合って大きく髪を結い上げたとか。

「西洋で自己表現として様々な髪型が生み出されたのに対し、江戸時代の日本では身分ごとに服装や髪型が決められていました。結髪の基本型は4種類でしたが、そのひとつ『島田髷』でも武家島田、芸者島田と分類されており、さらに遊女のあいだでもランク分けされていたそうです」

当時、西洋も日本も毎日は髪を洗わない時代。ま、いまも昔も美を追求する女性たちに敬礼、ですな!


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