ズバ抜けて“ピュアだった”生徒は「EXIT兼近です」

吉本NSC“10年連続人気No.1”講師は、なぜ「ネタ1000本ノック」的指導を否定する?

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あのビジネスパーソンの「○○力」

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仕事の現場で奮闘するビジネスパーソンたちの魅力、スキルを“○○力”と名付けて、読者の皆さんにお届けする連載、「あのビジネスパーソンの『○○力』」。
【桝本壮志(ますもと・そうし)】1975年生まれ、広島県出身。放送作家、コラムニスト、小説家。大阪NSC13期。スピードワゴン小沢一敬、チュートリアル徳井義実とは吉本の同期。2010年から、母校であるNSCの講師も務める。2020年12月、自身初の本格小説『三人』(文藝春秋)を上梓
今回登場していただくのは、スピードワゴン小沢さん、チュートリアル徳井さんと吉本の同期で、現在は吉本総合芸能学院(NSC)の講師を務める桝本壮志さん。これまで約6000人(!)もの芸人さんを育ててきた“人を見抜き育てるプロ”です。

そんな桝本さんに、伸びる人・伸びない人の特徴や、芸人さんを育てるうえで大事にしていることを聞きました。

〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉

NSC時代から、桝本さんが「絶対に売れる」と思っていた芸人

天野

天野

桝本さんはNSCの講師として、6000人もの芸人さんを育ててきたとのこと…

たくさんの若手を見てると、「こういう人は伸びる」っていう特徴がわかったりするんでしょうか?
桝本さん

桝本さん

面白いですね。こういったテーマは喋ったことがなかったんで、非常に楽しみですね。
高級そうな服に身を包みながら、めちゃくちゃ低姿勢な桝本さん
桝本さん

桝本さん

伸びる人に共通しているのは…、「ピュアさ」と「好奇心」ですね。
天野

天野

過去の生徒さんで言うと、印象に残ってる人っていますか?
桝本さん

桝本さん

EXITの兼近くんですねえ。
へえ~~~~!!
桝本さん

桝本さん

NSCの授業、だいたい最初はみんな、黙って聞いてるんですよ。

でも、僕の話に対して最初から「ふんふん」「へえ~」みたいにすごいリアクションしてくるヤツがいた。それが兼近くんだったんです

授業の流れで“将来の夢”を生徒にきいたことがあったんですけど、彼、なんて言ったと思います? 「ヒーローになりたい」って言ったんですよね
天野

天野

ピュアだ…
桝本さん

桝本さん

5歳児が言うやつじゃないですか。こいつ、本気で「ヒーロー」を目指してるんか…と。

それに、現相方のりんたろー。に声をかけたのもそうですよね。数日早く入っただけで“先輩・後輩”になる世界で、5年先輩を「いっしょにM-1出てぶちかましましょうよ!」と誘える

まさにピュアですよね。
スターの原石時代の話を聞けるの、貴重だ
桝本さん

桝本さん

あとは、好奇心。

僕はよく「徳井くんを見てごらん」って言うんです。
天野

天野

同期のチュートリアル徳井さん。
桝本さん

桝本さん

徳井くんが『アメトーーク!』でどれだけの企画に出たかを考えてみてほしいんですよ。
天野

天野

たしかに。広島カープ芸人家電芸人とか…
桝本さん

桝本さん

バイク大好き芸人、猫メロメロ芸人、女の子大好き芸人…

いろんなことに興味がある。好奇心が強いと「のれんが複数ある人」になるから、声がかかりやすいんです。
徳井さんが出てるカープ芸人、また見たいな…

桝本さん流「見抜き力」①:人を見抜く前に、まず自分が「見抜かれる」

天野

天野

ここからは、リーダーポジションになるR25世代のために、桝本さんのように「人の才能を見抜くコツ」を教えてもらいたく。

桝本さん、NSCでもずっとトップクラスの人気講師だってウワサをきいたんですが…?
桝本さん

桝本さん

NSCは毎年生徒が講師の評価をつけるんですけど、この前、吉本側に教えてもらったんですよ。

「桝本さんは、この10年間、生徒からの投票1位です」って。

僕、それがめちゃめちゃうれしかったんです。
天野

天野

10年間1位!?
NSCの講師調べたら、めちゃくちゃ魅力的なラインナップでした。その中で10年トップ…
桝本さん

桝本さん

今日のテーマ、「見抜き力」ですよね。

僕は人を見抜くために必要なのは、まず「自分が“見抜かれる力”」だと思ってて。

そうやって芸人志望の子に接してるんですね。
天野

天野

見抜かれる力…?
桝本さん

桝本さん

自分がどんな人間か見抜いてもらって、信頼されて、「この人の期待に応えたい」と思ってもらう

そのために僕は、「生徒からナメられる」ようにしてます。
天野

天野

「上司は部下からナメられるぐらいがいい」っていう話は聞いたことありますけど…ナメられることでどんなメリットがあるんですか?
桝本さん

桝本さん

組織に新しく入るときって、緊張するじゃないですか。いきなり「ネタをやれ」と言われても、実力なんか出ない。

カタい状態だと、“見抜こうにも見抜けない”んですよ。
天野

天野

なるほど…
桝本さん

桝本さん

リラックスしてもらって、その人の本来持ってるパワー、野球で言うなら「フルスイングしたときの飛距離」を見せてもらう。

これが“見抜く”近道です

まずはフルスイングがどれだけ魅力的か?ってすごく大事。

細かい技術は、あとからでも身につけていけるものなんですよね。晩年の落合選手のように、外角をライト前に運ぶみたいな…
※桝本さんは熱狂的野球ファン。このあと往年の名選手の打撃トークが展開されましたが割愛します
桝本さん

桝本さん

僕の授業では、アシスタントの後輩芸人が「マスマンさあ…」ってあだ名で呼んできたりして、「おい俺先輩やぞ」とツッコむみたいな。

そうやって笑ってもらって、“あ、ナメていい人なんだな”と思ってもらう。「適当に足伸ばして聞いていいよ」「お菓子食べながらでいいよ」ともよく言ってます。
天野

天野

芸人の養成スクールって、○○師匠とかがピリッとした空気で授業してるイメージがあるんですが…
桝本さん

桝本さん

天野さんのおっしゃる通りで、昔はそうだったんです。90年代に僕がテレビ局にもぐりこんだときも、上下関係は厳しかったです。

でも、最近やっぱり社会が移行してますし、その上下関係はダサい。僕はそう思ってます。
「僕ももともとNSCの生徒で、厳しい授業を“つまんないな”と思ってた。だから授業に行かなかったし、芸人を辞めてしまった」

桝本さん流「見抜き力」②:「明日までに」と時間を奪ってはいけない

天野

天野

あえて聞くんですけど、「こいつは見どころがあるから、負荷をかける」みたいな指導はどう思いますか?

若手のうちは“ネタ1000本ノック”みたいなのも必要なんじゃないですか?
皆さんもある程度は必要だと思いますよね…?
桝本さん

桝本さん

それは指導する側が“見抜かれ”てからなんですよ

「この人のために頑張りたい」っていう心が、お互い発動している者同士ではじめて成り立つことです。

一方が、「俺はこいつを登用してやってる」「こいつのためを思ってるんだから」っていう段階では、あり得ないと思います。
天野

天野

なるほど、2人とも思ってないとダメなのか…
桝本さん

桝本さん

若手の子によく言う言葉があって…

時間と自信を奪う人とは距離を置け」。
天野

天野

おお…!
桝本さん

桝本さん

時間と自信って、人間に一番大切なもの。このふたつがなくなると、人間は落ちます。

だから、上に立つ役職の人は、このふたつを絶対奪ってはいけない

「これ朝までね」「明日までに新作ネタ作れ」みたいな、ムリに負荷をかけるようなことは絶対に言わないですね。
これが「10年間、吉本No.1の先生」か…納得ですわ…

桝本さん流「見抜き力」③:ネタや企画は“クソ面白そうの耳”で聞く

天野

天野

「自信を奪わない」という部分もききたいんですが…
桝本さん

桝本さん

僕は「面白くない」をNGワードにしてます

芸人さんのネタを見て「面白くない」と言ったことは一度もない。
天野

天野

そうなのか…仕事柄いろんなコンテンツを見てると「目が肥えてしまう」っていうか。

たくさん芸人さんを見ていると、自分の基準が上がって「おもんないな…」と思ってしまうことってありませんか?
桝本さん

桝本さん

言わんとしてることは、めちゃくちゃわかります(笑)

だからこそなんですよね。

僕は、若手のネタ見せ、企画のプレゼンのときに、「クソ面白そうの耳」で聴きはじめるようにしてるんですよ。そういう耳にします。
天野

天野

「クソ面白そうの耳」…! それ絶対大事なやつだ…
桝本さん

桝本さん

その逆は「おもんなさそうの耳」

「何を言っているか?」という内容に向き合わず、「誰が言ってるか、やってるか」でしか判断できていない状態です。

「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」っていう中国の言葉があって、「鶏の鳴きマネ」「犬のようにモノを盗む」というさも役立たなそうな特技を持つ人が、いざというときに君子を助けることがあったと。

人って、何かがハマれば大活躍できるんですよね。
天野

天野

だから、簡単に否定しないと。
桝本さん

桝本さん

そうです。それに、僕が芸人さん全員を見抜く力があるかといえば、不確かなわけで。

もしそのとき僕が見抜けなかったとしても、別の誰かがその人を見抜くかもしれない。

誰かに見抜かれるまでに時間がかかる可能性はあるから、僕が“刺しちゃ”ダメだと思うんです。
天野

天野

その芽を摘まないようにしてるんですね。
桝本さん

桝本さん

僕の同期のブラックマヨネーズがそうなんですよ。実力はあれど、10年間全国区ではまったく…

でも、『M-1グランプリ2005』で優勝してあっという間にブレイクしたでしょう。

それって「伸びた・伸びない」というより、「10年間見抜いてもらえなかった」ということなんです
ちなみに“面白さを見抜けなかった芸人”をきいてみると「オズワルド」とのこと。「テレビで観て『こんなに面白かったのか!?』って…。謝りたいと思ってます」(桝本さん)
天野

天野

じゃあ最後に…

今、“誰にも見抜かれていない”という若手の人はどうしたらいいと思いますか?
桝本さん

桝本さん

僕はそういう人には、「ここにいづらかったら事務所を辞めていい」と言ってます。自分の授業で、吉本の社員の前でも言います。

それって事務所に限らず、会社組織も同じことですよね。
桝本さん

桝本さん

日本の社会って、縦軸にこだわっちゃうところがあるでしょ。相撲の番付みたいに「部長、課長…」っていう肩書きがあって、縦に並ぶ。

でもその組織が合わなかったら、横軸で考えて、別の軸に横移動すればいいんです。

小沢クワバタオハラも、もともと吉本NSCだけどホリプロに行ったし…

超新塾は吉本からナベプロでしょ。あとはバイきんぐロッチなども元吉本NSCですし…
芸人さんの名前を挙げるのが止まらない…。桝本さんの根底には、同期やまわりの芸人さんへの愛がありました
取材場所に、非常に低姿勢な感じで入ってきた瞬間から、「この人はただ者じゃない」という気はしていました。

・まず自分が見抜かれて、信頼される
・時間と自信を奪わない
・“クソ面白そうの耳”で聞く

全国のリーダーの皆さん、できてますでしょうか…?

10年連続で生徒から信頼されるNSC講師の実力、しっかりと受け止めさせていただきました!

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/取材・構成・文=市川茜(@ichi_0u0)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉

桝本さん執筆の青春小説『三人』

「面白い奴が売れるわけじゃない。売れっ子芸人、癖のある放送作家とのシェアハウス。『僕』だけが売れていない―」

放送作家の主人公「僕」が、芸人2人との共同生活を送る…。そんなリアリティあふれる設定の小説が、『三人』です。

前半で描かれる青年の苦悩。そして後半で展開していく“騒動”…。

ワクワクしながら読み進められる、新R25読者にオススメの一冊です!