40年以上芝居をしても満足することはない

「具体的な目標は、逆に可能性を狭めてしまう」俳優・吉田鋼太郎の“限界なき成長論”

仕事
記事提供:20'type
※この記事は2018年6月に掲載されたものです。
不況に喘ぐ英国北部の炭鉱の町を舞台に、一人の少年と彼を取り巻く大人たちの姿を描いた映画『BILLY ELLIOT』(邦題『リトル・ダンサー』)。

全世界で80以上の演劇賞を獲得した不朽の名作だ。そしてこの夏、全役がオーディションで選ばれた最高のキャストをそろえ、日本でも初めての舞台化が実現する。

家族と共に炭鉱で働きながら、バレエの才能を開花させていく主人公・ビリー少年。今回の舞台でビリーの父を演じるのが、俳優・吉田鋼太郎氏だ。

彼のキャリアをひも解いてみると、高校時代に役者を志し、1985年に舞台デビュー。近年ではTV、映画、2度目のチャレンジとなるミュージカルと、50代に入ってからも、新しい分野で活躍の幅を広げている
【吉田鋼太郎(よしだ・こうたろう)】東京都出身。97年、劇団AUNを結成。シェイクスピア作品を筆頭に数々の舞台に出演、演出も手がける。近年はドラマや映画などでも活躍中。2015年芸術選奨演劇部門文部科学大臣賞受賞。2016年10月『彩の国シェイクスピアシリーズ』の2代目芸術監督に就任。 代表作品に、舞台『ヘンリー四世』、映画『帝一の國』『新宿スワン』、ドラマ『花子とアン』『MOZU』『真田丸』など
年齢やキャリアを重ねれば重ねるほど、これまで築き上げた人生を“守り”に入ってしまう人も多いが、吉田氏はなぜチャレンジを続けることができるのだろう。

また、俳優業のようにキャリアの浮き沈みが激しい仕事をしていながら、自身のモチベーションを高く維持し続けることができるのはなぜだろうか。

日々、目標達成に向けて仕事に取り組む営業マンに向けて、その秘訣を明かしてもらった。

やりたい仕事を自ら掴み取ることで、全身全霊で戦える場所を見つけた

芝居を極めたい――高校時代に初めて見た舞台に心惹かれてから、その後40年以上も変わらない吉田氏の野望だ。それは、どんなフィールドであっても不変的なのだという。

「僕はよく舞台俳優として紹介されるんですが、実は肩書きにこだわりがあるわけではないんです。芝居を極めたいと思った時に、コネも経験もない無名の僕が立てる場所が最初は舞台だったというだけ。

正直なところ、芝居さえできるなら舞台でもTVでも、フィールドはどこでもよかったんです

今回の舞台『ビリーエリオット』でもそうですが、芝居って大人だとか子どもだとか、国籍や性別も、何もかもが関係のないフラットな世界なんですよ。

ビリー役の子どもたちは踊り、歌、芝居にタップ…と、たくさんのことを覚えなければいけない。でもそれを大人たちは『子どもだからこのくらいのレベルでも十分だよね』なんて決して言いません。

どんな人であっても、どんな場所であっても、全身全霊で戦える。それが役者の世界。だから僕はこの年になっても、『自分が納得のいく演技をする=芝居の極みに到達する』という目標に向かって、毎日戦っているんです
実は吉田氏にとって、今回の役は2度目のミュージカル出演。舞台俳優というと、ミュージカルも近しい表現手法のように思えるが、実はその演技手法はまったくといっていいほど畑違い。経験がほとんどない中で、吉田氏は今回の大役を演じることを決意したのだ。

「実は、ミュージカルは苦手なジャンルの一つなんです。僕は歌もそんなに得意じゃないしね。でもDVDで『ビリーエリオット』の舞台を見た時、心が震えて、この役を誰にも渡したくないと心から思った。

苦手意識を持っていても、心震える芝居をしたいなら飛び込んでみる。そんなチャレンジの連続が、自分をアップデートしていくんです」

「仕事」は基本的なことほど難しい。 “できないこと”だらけだから、スランプを感じるヒマなんてない

吉田氏は四半世紀もの間、役者を生業にしているベテランだ。しかし長く仕事をしていると、いくら好きなことといえどもマンネリやスランプを感じてしまうこともあるのではないか

営業マンも、夢や目標を持って入社したはずの会社で、同じように悩んでいる人もいるだろう。そういったスランプに陥った際の脱し方を聞いてみると、吉田氏からは意外な答えが返ってきた。
「僕はスランプを感じるだとか、モチベーションが上がらないと思ったことがないんですよ。

なぜなら、本気で納得のいく演技をしたいと思ったら、舞台の上を3m歩くだけでも難しいこと。その役になりきって、ちゃんと歩けるようになるまで10年はかかるとも言われています。

だからいつも、『僕には何もできない』『僕には足りないものがある』っていう気持ちを人一倍持っていて

それは若手の頃から、芝居を40年以上やってきた今でも変わることはありません。足りないから補わなきゃいけないと思って努力していると、スランプを感じる暇なんてないんです。

できるようになりたいと思っていたことを少しクリアしても、次から次へとできないことが沸いてくるから不思議です

普通なら、仕事に慣れてくると、ついつい楽な方に流されたり、自分を甘やかしてしまいたくなるものだ。しかし吉田氏は自分の演技に決して納得しないからこそ、こんなにも謙虚に実直に、仕事に向き合うことができるのだろう。

日々修業ですよ」と笑う吉田氏だが、つい最近も“できないこと”を見つけたばかりだと話す。

「最近だと、ドクターX(テレビ朝日系ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』)で、生瀬(勝久)くんと共演したとき。彼は、すごくコメディータッチの演技がうまいんですよ。悪役なんだけど、なんだか面白くて憎めないんだよなっていうキャラクターを見事に演じるわけです。

そうすると、『なんで自分は、生瀬くんみたいに面白い演技がうまくできないんだろう』って悔しさを感じちゃう。だから次はコメディーに挑戦してみようとか、面白い演技を練習したいなと思うんです」
そんな吉田氏のライバル心の矛先は、同年代や役者の先輩たちに限ったことではない。

「もちろん若手にだって芝居がうまい人はたくさんいるし、悔しさを感じることはありますよ。

それこそ、50歳近く年の離れている今回のビリー役の子どもたちだって、自分にないところを持っていたりしますから。

この人みたいな、いや、コイツを超えるくらいの演技ができるようになりたい!というのを繰り返してたら、いつの間にかこの年になっていました(笑)

限界なき成長の秘訣は、「正解のない夢」を持つこと

日々成長を続ける吉田氏に、今の目標を聞いてみると「目標なんてありません」と力強く答えた。その真意とは何だろうか。

数値的な目標とか具体的な目標を決めた時点で、限定されたゴールをつくってしまうから。自分が決めた最終目標地点で、終わりにしたくないんです。

正解はない、でも自分にできないことはできるようになりたい。何か大きなことを成し遂げたいと思うなら、具体的な目標を持つことが逆に可能性を狭めることになるのではないでしょうか
最後に、読者にこんなメッセージを残してくれた。

最終目的地をつくらない、というのはビジネスにも通じるのではないかと思っています。欲望に忠実に、だけど『自分はできる』と奢ることなく謙虚に。そういった努力の積み重ねが、その人のキャリアを築いていくんだと思います。

やりたいことをどんどん求めていくハングリー精神って、きっと誰もが持っているものだと思いますから、それをいかに行動に移していけるかですよ」

営業成績が思うように上がらずスランプを感じると、自分の成長が止まってしまう気がして焦ることもあるだろう。

だが、会社からもらった数値だけが成長への道しるべなのだろうか。それよりも、目の前の仕事を必ず成功させたい、今ある問題を解決したいといった渇望こそが、成長を止めないカギのように思える。

常に前進を止めず、観る者を惹きつけ続ける吉田氏。『自分の可能性を自分で決めつけないこと』こそが、もっと大きな人としての成功をもたらしていると教えてくれた。

〈取材・文=大室倫子(編集部)/撮影=赤松洋太〉

20's typeのおすすめ記事(外部サイトに遷移します)