ソニーもホンダもみんな悩んで成長した

あの社長にも新人時代があった! 伝説の経営者に学ぶ男の生き様

2007.04.01 SUN



写真提供/時事通信
誰にだって新人時代はある。世界に名だたるアノ人にだって…。というわけで、社会人として良き教訓を得るべく、アノ有名社長たちのエピソードをナナメ読みしてみよう。

二股ソケットで名をはせた松下電器の創業者、松下幸之助氏のR22時代は、その機転と行動力に一流経営者の資質がうかがえる。最初に勤めた自転車屋は「友人に頼んで『母、病気、スグ帰レ』という電報を打ってもらい、着替え一枚を手に自転車屋を飛び出す」(『誰も書かなかった松下幸之助』日本実業出版社刊)という具合だし、独立を決意した理由も、「自分で仕事を始めよう。それならいろいろと融通も利く」(同書)と、これまた大胆不敵。この決断力が世界の松下を生み出したのだろうか。

ソニーの創業者、井深 大氏も忘れちゃいけないデンキ界の偉人だ。まるで光が動いているように見える「走るネオン」を発明し、学生時代に特許を取得。なのに、就職試験は全滅だったという。「井深自身の分析によると、学校時代に偏った勉強しかしなかったことが原因だという」(『ソニーを創った男 井深大』ワック刊)。とはいえ、その後入社した会社ではその能力をいかんなく発揮、「ライカやオートバイを買ってしまったために乗用車は後回しになっていた」(同書)。このあふれんばかりの物欲が、ソニー・スピリッツの礎を築いた?

びっくりエピソードに事欠かないのは、本田技研工業の “親父さん” こと本田宗一郎氏。22歳で独立した親父はなんとも厳しく、「従業員への鉄拳制裁は日常茶判事。ときにはスパナも飛んだという」(『本田宗一郎と井深大』朝日新聞社刊)。だが、親父さんの武勇伝は仕事よりむしろ遊びの方が多い。「外車二台を乗り回し(中略)モーターボートを自作して浜名湖を爆走したりもした」(同書)。 “遊ぶために働く” がホンダイズムの源流なのね…。

伝説の社長たちのR22時代。新社会人として、偉人たちの若かりしころの情熱を胸に刻んでみては?
(木谷宗義/ノオト)


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