年収数億と引き換えに失ったものとは?

元リーマン社員が語るマネーゲーム狂騒

2013.09.14 SAT


リーマン・ショックの震源地となったニューヨーク・ウォール街。サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機は収束したかに見えたが、政府債務問題に姿を変えて再燃。EU発の金融危機として再び世界に不安をもたらしている。だが、ウォール街の住人にとって、そうした不安定さはマネーゲームのチャンスでしかないという見方も 仙人 / PIXTA(pixta.jp)
Jared Dillianさんは今年9月、2008年9月15日に倒産するまで7年間勤めていた、リーマン・ブラザーズ時代の話をまとめた本『Street Freak: Money and Madness at Lehman Brothers』を出版しました。

リーマン・ブラザーズの負債総額は約64兆円。史上最大の倒産は「リーマン・ショック」と名付けられ、世界的な金融危機を引き起こしました。Dillianさんは同社が崩壊する様を最後まで見届けたひとり、というわけです。

そう書くと、「なんだ、内輪の暴露本か」と思われるかもしれません。ですが、それは早合点というもの。本書が興味深いのは、Dillianさんがリーマン・ショックのずっと前から、自らの精神状態が崩壊していった様子を赤裸々に描いている点です。

ご存じの方も多いと思いますが、ウォール街は歴然とした学歴社会・格差社会。互いがネクタイの裏のブランド・ラベルをチェックしあう(通称「リーマン・ハンドシェイク」)とすら言われています。

生き馬の目を抜く競争社会のなかで、昼間は沿岸警備隊員として働きながら、サンフランシスコ大学の夜間部で学位を取得したというDillianさんは異色の存在。しかし誰よりも長時間働き、トップクラスのトレーダーにまで上り詰めていきます。

3台のパソコン、5つのモニターをにらみつつ、数千万ドルの金額を動かす日々。成績によって変わるボーナスは、ある年は65万ドル(約5000万円)、翌年は67万5000ドル(約5200万円)にも上りました。

そうした多忙な日々のなか、病は静かに、しかし確実にDillianさんの精神を蝕んでいきます。監視官に追いかけられていると言い出したり、電話を取らず机で急に泣き始めたり。鎮痛剤を瓶の半分ほど飲み下し、自殺を図ろうとしたこともあったそうです。

そして2006年、精神科医の診察を受けたところ、「双極性障害」と診断されます。3週間の入院の間、リハビリの一環として、文章を書くワークショップに参加。プロの小説家に文才を高く評価されました。これが今回の執筆の遠因となったのかもしれません。

ようやく回復し、約1カ月後に無事復職しましたが、今度は強迫神経症に悩まされます。家中の窓が閉まっているか、家電製品の電源が切れているかどうかを繰り返し確認しなければ気が済まず、毎朝この作業に1時間かけていたといいます。

そんな精神状態のDillianさんを最後に襲ったのが、リーマン・ショック。当時、Dillianさんは「世界の終わりが近づいているのに、なぜ誰もそれに気付かないのか?」と本気で思っていたそうです。

昨年、妻とともにニューヨークを去り、現在はサウスカロライナの海岸沿いに住むDillianさん。マネーゲームの戦場を離れた今になって、ようやくそのころの見方が異常だったことに気付いたといいます。

Dillianさんをはじめ、ウォール街で活躍したトレーダーたちは、ともすれば「バブル時代に散々いい思いをしたんだからいいじゃないの」と周囲に思われがちです。しかし本書は、果たして精神を病んでまで大金を稼ぎ続けることに意味があったのか、という大きな疑問を当事者が投げかけています。

1年で何億も稼ぐ華やかな一面ばかりが注目されがちなトレーダーの世界。しかし光は強ければ強いほど、濃い影を落とすもの。本書では、その濃密な“影”の部分が当事者にしかわからないリアルさで描かれています。Amazonでの評価も高く、マネーゲームの世界に興味のある方なら、得るものは大きい一冊。リーマン・ショックの舞台裏を、まさに身をもって体験したひとりのトレーダーの目を通して見ることができる本としてお勧めです。
(岡 真由美)

※この記事は2011年11月に取材・掲載した記事です

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