斎藤哲也の読んでるつもり?

いま、言論では哲学者が面白い

2015.01.12 MON

BOOKレビュー


●『福島第一原発観光地化計画思想地図β vol.4-2』東 浩紀編/ゲンロン/1995円 桜井としき= 撮影
■哲学作品としての福島第一原発観光地化計画

哲学者というと、部屋に閉じこもって「存在とは何か」とか「私とは何か」とか、小難しいことを考えるようなイメージがあるかもしれない。しかし哲学の営みは、そういった形而上学的な思索に限られるものではない。時代の危機に際して、新しい人間観や社会観を提示するのも哲学者が果たすべき大事な役割だ。3・11以降の、日本の哲学者たちの発言や行動にもそのことがうかがえる。

『福島第一原発観光地化計画』は、日本の言論シーンを牽引する東 浩紀が中心となって結成された研究会の成果をまとめたもので、原発事故の記憶を風化させないために、福島第一原子力発電所の跡地と周辺地域を「観光地化」するべきだという提言書。災害復興博覧会の開催、博物館、ショッピングモール、ホテルなどから成る巨大な複合施設「ふくしまゲートヴィレッジ」の建設など、一見、夢物語のような計画が並ぶが、それらは「ここにはないもの」を想像し呈示する哲学的・文学的な作品でもあり、その根底には「人間は忘れやすい動物であり、また驚くほど軽薄な存在である」という人間観がある。

いまだ先の見えない事故処理が続く福島第一原発の「観光地化」に、心理的な抵抗を覚える人も多いだろうが、「ここにはない」一石を投じた意義は大きい。

■「近さ」を取り戻す哲学者たちの格闘

『来るべき民主主義』は、哲学者の國分功一郎による民主主義再考の書。著者は、自身が住む東京都小平市の道路建設問題に関わることで、民主主義の欠陥に気づいたという。すなわち、近代の政治哲学が作り上げた民主主義とは、主権者である民衆が選挙で代表を選び、その代表者が民衆のかわりに議会で法律を作ることだと考えられている。しかし「議会が統治に関わるすべてを決定しているとか、行政は決定されたことを執行しているに過ぎないというのは誤りである。なぜなら、行政は執行している以上に、物事を決めているからである」。

運動の過程でそのことを身をもって知った著者は、住民の行政参加制度の拡充に新しい民主主義の突破口を求める。具体的な運動に身を投じつつ、民主主義の根源的な問題を指摘する。まさに哲学者ならではの仕事といえるだろう。

1950年生まれの哲学者、内山 節は『新・幸福論』のなかで、「遠逃現象」というキーワードを提出している。これは、政治、経済、社会など、私たちにとって重要な問題が、どこか遠くに逃げてしまっているように感じられる、ということだ。そうだとすれば、福島第一原発観光地化計画も、行政参加制度の拡充による新しい民主主義も、「近さ」を取り戻す哲学者の試みと捉えることもできるかもしれない。

(斎藤哲也)

<書籍紹介>
●『福島第一原発観光地化計画思想地図β vol.4-2』東 浩紀編/ゲンロン/1995円
●『来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題』國分功一郎/幻冬舎新書/819円
●『新・幸福論 「近現代」の次に来るもの』内山 節/新潮選書/1155円

※この記事は2014年1月に取材・掲載した記事です

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