知られてなくともスゴイ企業

第11回 死角を減らす気くばりミラーの会社

2009.10.30 FRI

知られてなくともスゴイ企業


写真は衣料品売り場に付けられた防犯ミラーですが、誰しも日常生活のなかで、このようなミラーを目にしているはず。そのミラーのほとんどがコミーの製品だったのです

世界の航空機に採用されたミラーとは?



防犯や衝突防止のために店舗や病院、工場、駅などで使われる業務用ミラー。主に凸面レンズになっているので鏡に映る範囲が広く、死角を無くす目的で使われます。そのミラーでシェア8割以上を達成している会社が埼玉県川口市のコミーです。

ちなみにこの会社、従業員はパートも含め30人だそう。そんな少人数で、圧倒的なシェアを獲る秘訣は何なのでしょうか? そのあたりのことを教えてください。コミーの小宮山栄社長!

「やはり一番の理由は、市場規模がそれほど大きくないことでしょうね。業務用ミラーの市場は全体で7億円ほど。これくらいニッチな分野であれば、大手が参入する余地はほとんどありません」

でも、他の中小企業が参入してきたりしないんでしょうか?

「多品種、少量、短納期を達成していることが大きいですね。ミラーというのは、使うお客さんごとに求めるものが、ものすごく違うんです。同じお店でもホームセンターとコンビニでは必要とされているものが違います。サイズもありますが、映る範囲や像の大きさも変わってきます。それぞれに最適なミラーを提供するためには、設計から生産工程まですべてを手掛ける必要があります。ここが他社ではマネできない部分です」
海外の航空会社だけではなく、もちろん日本の航空会社もコミーのミラーを使っています。写真はJAL機の客室手荷物棚です。死角に置かれた荷物がしっかりとミラーに映っているのがわかるでしょうか?
では小売店以外だとどんな所で使われているんでしょうか?

「最近、銀行のATMに設置されている暗証番号のぞき見防止用の『後方確認ミラー』などがありますね。あの広い範囲が見えるミラーのほとんどが、当社の製品と思ってもらって間違いないです」

他にも航空機の手荷物棚の中に設置される「忘れ物防止用ミラー」も作られているとか?

「航空機の棚のミラーは、ほぼウチが作っています。最近では最新鋭の超大型旅客機『エアバスA380』の指定部品メーカーになっています。『エアバスA380』は、日本からも21社が参加した巨大プロジェクトでした。三菱重工業や東レなどの巨大企業が名を連ねるなか、桁外れに小さい会社として当社が1社だけ入っているんです」

すごいですね。やはり指定パーツになるには高度な技術が求められるんでしょうか?

「航空機に使っているミラーは、平面鏡でありながら凸面鏡並みの広い範囲をカバーできるもので、特許を持つ独自技術です。これを使えば厚さ数ミリ、文庫本サイズの鏡で大容量の荷物棚全体が映るんです。この鏡は1997年に発売。ボーイング、エアバスの機種に導入され、累計10万枚が世界の空を飛んでいます」

航空会社に売り込むにあたって苦労した点などありましたか?

「苦労というのではないかもしれませんが、航空会社と我々では鏡を使う目的が違ったんです。『忘れ物防止ミラー』として売り込んだのですが、採用してくれた欧州の航空会社が当社のミラーを買った理由は、『ボム(爆弾)チェック』の時間短縮だったんです。乗客ではなく客室乗務員の作業効率アップが目的だった。我々メーカーには想像もつかない新たな鏡の活用法でしたね」

なるほど、現場のことは、使用者に聞いてみないと意外に想像できないものなんですね。ちなみにコミーでは、頻繁にユーザーの声を聞くことで、新しい用途や新商品の開発に発展したことも少なくないといいます。このように実際に使用するユーザーに役に立つ製品を作ることができるのが、コミーの最大の強みなのかもしれません。
小宮山栄社長。1973年に看板業を主としコミー工芸(現コミー)を設立。その後、ミラー専門メーカーに転じ、防犯用や忘れ物防止に役立つミラーを「気くばりミラー」と名付けて、市場を開拓したのです

防犯ミラーの誕生は偶然の産物だった



コンビニや銀行ATMなどに設置された防犯ミラー、航空機の客室荷物棚で使用される「忘れ物防止ミラー」で圧倒的なシェアを誇るコミーですが、どのような経緯でリーディングカンパニーになり得たのでしょうか? コミーの創業者で、現在も代表を務める小宮山栄社長にお聞きしたいと思います。

「私は地元の信州大学工学部を卒業後、大手部品メーカーに勤務したのですが3年半で辞め、その後はいろいろな職業を転々とし、最後に行き着いたのが看板業でした。マイペースでゆっくり考えながらできる仕事が性に合ったんです。その後、1973年に看板業を主体にした会社・コミー工芸(コミーの前身)を駒込で設立します」

最初は看板業だったんですね。それがどうしてミラーを扱うことになったんですか?

「キッカケは1977年に発売した『回転ミラックス』という商品でした。これは、2枚の凸面鏡を背中で貼り合わせ、モーターを仕込み、天井から吊るしてクルクルと回るだけというもので、店舗ディスプレイ用に面白いかなと思って展示会に出してみたんです。そうしたら意外にも30個まとめて買ってくれたバラエティショップがあって、こんな数を何に使うのかなと思い、後日聞きに行ってみたんです。すると、万引き防止用に使っているというじゃないですか。正直、想像もしてなかったですね。この体験がコミーの経営スタイルの原点になっています」
コミー開業の地は東京の駒込ですが、巣鴨を経て現在は埼玉県川口市に会社を構えます。失礼ながら社屋は大会社という印象ではありませんが、この会社、間違いなく世界企業なんです
その後、『回転ミラックス』は、くだんのバラエティショップを中心に口コミで盗難防止用の用途として売り上げを伸ばしていったといいます。そして受注生産が主の看板業から防犯・安全・サービス等のミラー製造販売が主体のメーカーへとコミーは変貌を遂げていったのです。

「メーカーの意図した用途と実際のユーザーの使い方・感じ方は異なる。このことを私は作り手の誤解と呼んでいます。たとえば銀行ATM用の後方確認ミラーについても、多くの人が、マジックミラーになっていて顔を撮影されていると勘違いして不快に感じていたんです。思ってもみませんでした。ですから最近では、ミラーに使用目的を明示するようにしています。このようにして誤解を解消していくことで、製品の改良や新製品の開発につながるのです」

コミーのモットーは「10年、20年、お客さまのお役に立つ商品をつくること」。ユーザーの役に立っていなければ、たとえいくら売れていてもお客さまを騙していることになると小宮山社長はいいます。この一貫した姿勢がユーザーに認められているからこそ、コンビニや地下鉄のホームなど、街のあらゆる場所にコミーのミラーがあふれているのではないでしょうか。 ちなみにコミーの小宮山栄社長の経営哲学は、他の会社と戦わないこと。すでに存在する限られた獲物を争うのではなく、限られた場所で種をまき、じっくり育てる会社でありたいと。
小さな市場をじっくりと守り、育ててきた社長ならではの言葉です。資本主義社会における、企業とは競争するものという固定観念にとらわれた者には想像もつきませんでした。
他社と争わなくてもシェアは獲得できる。ユーザーの声を直接聞いて、ユーザーの求める商品を形にする。何年も何十年もそれを続ければ、信用が信用を生んで、最終的には世界の航空機メーカーにまで納品できる。コミーの方法論は、中小企業が勝ち残るための方程式の一つなのかもしれません。

最後に一つの方程式が見つかったところで、一般には知られていないけど、スゴイシェアを持つスゴイ会社を紹介してきた当連載も今回でおしまいです。でも日本には、スゴイ中小企業がまだまだたくさんあるし、これからもスゴイ企業がどんどん誕生していくに違いありません! 機会があれば、そんな会社の人たちに、またお話を伺えたらと思っております。
それでは皆さん、ごきげんよう! 再びどこかでお目にかかれる日を楽しみにしています。

関連キーワード

注目記事ピックアップ

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト