「ナメて、まじめに」

テリー伊藤

2010.11.04 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 高橋宗正=写真 photography MUNEMASA TAKAH…
仕事のモードになれば、仕事以外のアイデアも

「映画って、普通は台本があって役者さんがいて監督が演出しますよね。でもそういう映画で面白いのはいっぱいあるんです。僕がやるなら、そこへ踏み込んでいくよりも、TVの番組作りみたいな方がいいだろうなって。それならずっとやってて得意だし」

得意も何も、異能の持ち主だ。

『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』では数多くの芸人に早朝バズーカを撃ち込み、『浅草橋ヤング洋品店』ではタレント・たこ八郎に東大生の血液を輸血して「IQが上がるか」を実験し、『ねるとん紅鯨団』では、“ねるとん”という語が、お見合いパーティーそのものを指す一般名詞になった。それほどのヒット。テリー伊藤のTVディレクターとしての偉業…というか“異業”の、ほんの一部である。

なれ親しんだ、こんなやり方で映画を撮ろうと思いながら、同時に題材を探していた。

「僕ね、洋服が大好きなんですよ。原宿に行くと、ラフォーレの近所のお店とかみんななくなってる。厳しいですよね。海外の人に日本のブランドを尋ねると、ちょっと前までイッセイさんとかギャルソンとかヨージさんっていう答えが返ってきてたけど、次の世代がない。そんななかでキティちゃんってすごいブランドだって思ったんです。ハリウッドのセレブがTシャツ着たりグッズ買い漁ったりしてますよね。日本はアニメも強いし、新しいキャラクターを考えて売るのはどうかなと」

キャラクタービジネスのアイデアは、これまた漠然と頭にあった。でも、実践できたのは映画の企画があったせい。

「僕自身は金儲けは全然ダメ。営業に行く度胸すらありません。それに“お金を稼ぐこと”に関して真剣に話し合うなんて、ちょっと気恥ずかしいでしょ(笑)。どこに正解があるのかなんてわからないし。でもカメラを回すとなると、仕事のモードになれるんです」

どうすれば儲かるか、ではなく、どうすれば面白くなるか、という価値観で動くことができる。そこに「次、どうするか」の根拠を求めることができるというのだ。

「絵コンテの感覚だよね。お金を儲けるために実行するアイデアそのものを、演出家の目で見るわけです。『あー、これじゃあ画が足りないよね』とか『展開が平坦だから、もっと盛り上がるものを入れようよ』って、急にいろんなことを発想できるようになるんです」

キャラクターはナニティ70ハート。テリーさんの胸元にもいるコウモリだ。この権利を売って、最終的には10億円稼ごうというのだが、今回「面白さ」以外に、ひとつ縛りをかけた。それは「誰にでもできる」ということ。

キャラクターをデザインするイラストレーターはミクシィで探し、活動資金は自前のバイクと古着を売って調達。キャラクターの権利を扱うエージェントは本で調べ、ラスベガスの見本市への出張でも宿泊は安モーテル。

「25歳のころって僕も人生が不安でしょうがなかったですよ。今の子なんか、なおさらだよね。昔よりずっと不景気だし先行き不透明だし。自分がどうなっていくのだろう、幸せになれるんだろうかという迷いのなかで、この映画が、少しでもヒントになれば…」

つまりここには、テリー伊藤の芸能界パワーはあまり働いていないのだ。

「僕は番組を作れても、お金は作れません。映画の中でも言ってますけど、モノを製造するということは、何千万・何億のリスクを背負うことです。いくら『TVに出てるテリー伊藤です』って言っても、ちゃんと勝算がなければ簡単にはじき飛ばされます。ビジネスに関してはみんなシビアなんですよ」

この作品にはデビューを果たしながらも、現在はくすぶっている女性タレントたちが、10億稼ぐためのメンバーとしてフィーチャーされる。プロジェクトが進むにつれ、彼女らは天才・テリー伊藤の思惑とは関係なく勝手に動き始める…。

「その方が面白いじゃん(笑)。自分ひとりだったら、何が起きるか想像がつく。でも彼女らって予想外だし。芸能界は年齢とか経験が関係ない世界ですよ。僕はいろんな人に会うたび“この子たちから何が吸収できるんだ”ってことを考えますね」

謙虚というよりは面白がってる。還暦なのに。もう35年以上TVの世界にいる大ベテランなのに。

「まあでも昔から、そうかな」

楽しい、面白いことを仕事に生かせば勝ち

ディレクターとして一本立ちして、先に書いたような良くも悪くも伝説となった番組を次々と世に問い、“天才”と呼ばれるようになるわけだが、果たして新人のころは…。

「ナメてましたね、業界を(笑)」

それが信条。

「“ナメて、まじめにやる”っていう。ひとつの仕事に入るときは、つねにそういう気持ちなんです。たとえばメジャーに行った野球選手、みんな言いますよ。イチローも松坂大輔も松井秀喜もね。スパイク磨いてグラウンドに礼をして先輩にしごかれて高校野球から一所懸命やってきたんです。“アメリカの、ガムかみながら野球やってるようなヤツに負けるはずないじゃん”って。“ナメる”ってのはそういうこと」

もっとすごいことをやってきたのだ。だからオレは絶対にできる、と自信を持つ。そこからは一所懸命やる。

「僕が初めて本を書いたときも、“大したことねえじゃん”って思ってた。だってTVは何千万人を対象にしてやってるのに、本はせいぜい売れても数十万部でしょ。結局ね、一からコツコツ積み上げて悩んで取り組んじゃうと、小さくまとまっちゃうんです。人間としては優秀かもしれないけどさ…」

ニヤリ。

「そんなの面白くないじゃん。『R25』読んでる人たちも、新しい職場ではそういうことってすごく必要だと思う」

なるほど、である。でも、ちょっと待てよ、でもある。「ナメる」ことができるのは、ある程度経験を積んだからこそ。では(話は戻るが)ド新人なら、どうすればいいのだろう。

「オレね、学生時代に楽しいことをいっぱいやってたんです。ねるとんみたいなことも企画したし、ロンドンブーツをオーダーして作ったりさ。それから何年かしてTVで『いまロンドンで流行の…』とか『NYで大ブームの…』って言われても、オレたちそんなこと2年も3年も前からやってたんだよね。だからTVが滑稽でしょうがなかった」

完全に「ナメる」土壌はあったのだ。「うん、だからこそ、楽しそ~って(笑)。ものすごく単純な話ですよ。もしオレがいま高校生だとして『AKBがいるからTVやりたい~』って言ってるようなもんだもん。オレらが楽しいと思うことを、そのままTVでやればいいんじゃんって思ったんですね」

まじめにやったのはつまり、楽しさの追求。あんまりのびのびやっていると、普通はそこで先輩にガツンといかれそうなのだが、「なかったですねえ」。

目をつけられない秘訣はなんだったのか尋ねると「いい先輩ばかりだったんですよ(笑)」。

一方で、テリーさん自身はどうだったかというと…。エレベーターで出会った部下のセーターの袖を引っ張ったままエレベーターを降り、そのままハコは上昇。セーターびりびり事件とか。何かと難癖をつけてバリカンで部下を妙な髪型に刈る事件とか、「いい先輩じゃないですよね(笑)。昔のオレの部下とか後輩はみんな、『いじめられた!』って言うけどさ、次の週にはそのネタが番組になってるんだもん」。

ときには洒落にならないようなイタズラを仕掛けておいて、テリーさん、決まってこう言ったという。

「いっぺんやってみたかったんだ!」

「面白かった?」

学生時代のまんまだ。楽しいことをどれだけ続けるかがそのまま仕事の推進力だったのだ。

「誰でも1回なら何かをなすことができる。でもそれを3回できなくちゃダメ。それもきちんと狙って。全然寝なくても、このことならばまい進できるって思うことを仕事として、ね」

しかも、ナメながら。

それがプロというもの、である。

1949年、東京・築地生まれ。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』『ねるとん紅鯨団』『浅草橋ヤング洋品店』などのテレビ番組や『ユニクロ』『サッポロ生搾り』など話題のCM、GReeeeN『愛唄』PVを手がける。現在は演出業の他、テレビやラジオへの出演、新聞・雑誌・携帯サイトの連載、スイーツや下着のプロデュースなどマルチに活躍中。『10億円稼ぐ』DVD化が決定。12月17日(金)サークルKサンクスほかでの発売。10億円プロジェクトの印税の一部がもらえるキャンペーンも実施中。詳細は公式ウェブサイトで。http://10-oku.com

■編集後記

大学時代、生死の境をさまよった。学生運動のデモに参加したとき、味方の投石が左目を直撃。何カ月にもわたる入院生活。このとき、寂しさを紛らわすため、病室にあったミッキーマウスのぬいぐるみに話しかけた。これも今回のキャラクタービジネスのヒントとなった。「25歳ぐらいって、一番感性のいいとき。だからその時期に、自分が思ったことを箇条書きにする。そのなかで、どんなにつらくても全力で取り組める、というものを選んで仕事にすると、きっとうまくいくと思うよ」

武田篤典(steam)=文
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高橋宗正=写真
photography MUNEMASA TAKAHASHI

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