「自分の力でどうにかなることを続けたい」

劇団ひとり

2011.03.03 THU

ロングインタビュー


兵藤育子=文 text IKUKO HYODO サコカメラ=写真 photography SACO CAMERA
可能性を部分的につぶすとかえって道が開ける

「どんなことをやるにしても、枷っていうのはあった方が楽だったりするんですよね」

今回リリースされたDVD『100人カメラマン』の企画も、言ってみれば枷だらけ。ノンストップで進んでいく芝居を、100人のカメラマンが撮影して、それを一本の映画に編集するという、風変わりな撮影会だ。

「こんな企画できるのかなと思いながら7人で始めて、2回目に30人で撮影をしたとき、ものすごく一体感があったんです。それなら次は切りのいい人数でやろうということになり、50人だと寂しいから思い切って100人はどうだろうってことになったんです」

タレントの矢口真里と、劇団ひとりが出演するバラエティ番組『How to モンキーベイビー!』内で行われたこの企画。100人で撮影された映画『さらば! ものいり刑事』だけを見ると、アクションあり、ラブシーンありの、いろんな要素がつまったありふれたドラマという印象を受けるかもしれない。しかしこの作品は、一緒に収録されているメイキングを見てこそすごさがわかる。前代未聞の企画に挑む興奮と緊張が伝わってきて、感動すら覚えてしまうのだ。今回、彼はこの映画の脚本も担当しているのだが、一見ありふれたドラマの背後には、様々な意図があった。

「100人で撮影するからにはある程度の尺が必要だったので、最低40分はほしいと事前に言われていました。だけど素人のカメラマンが好きなように撮るっていうのがこの企画のメインで、物語はあくまでも小道具的な扱いでなければいけません。内容を凝りすぎると企画がブレてしまうし、かと言って当たり障りのない話で40分もの長尺を作るのはかなり難しいと思ったんです。動きの少ない地味な人間ドラマを、あらゆる角度から大勢で撮っても面白くないし、いろんなことが起こる派手な映像も必要だった。そんな感じで結構考えましたね」

そして出てきたのが、冒頭の発言。たとえば今回、彼は俳優として芝居に参加しながら(これもあらかじめ条件として決まっていた)、100人カメラマンのひとりとして撮影もしたいと考えていた。そこで自らの役を、張り込みをしている若手刑事という設定にして、首から常にカメラをぶら下げながら演技をすることに。おかげでほかのカメラマンには撮ることのできないアングルからの映像が実現した。撮影をあえてシーンごとに切らずに、NG禁止の40分一本勝負にしたのも、大きな枷だった。数カ所でほぼ同時に行われる撮影に、カメラマンも役者もかけずり回って臨んだことで、ライブ感あふれる映像が生まれた。

本業のお笑いをやる際も、枷を設けることは欠かせないという。

「世間の人から見たら、どうでもいいことかもしれないけれど、自分の中に細かいルールがたくさんあるんです。たとえばライブでは、フリップや効果音を使わないこととか、ネタの中にギャグを入れないこととか。この場合のギャグっていうのは、その場面に必然性のないことを唐突に言うことなんですけどね。これはやらないっていうふうに部分的に可能性をつぶしてしまった方が、逆に考えやすかったりするんです」

目標は具体的かつ現実的じゃないと意味がない

そもそもこの企画は、劇団ひとりのちょっとした思いつきから始まった。世の中には高性能カメラを持っている人が意外と多い。だがせっかくの高性能なのに、動画機能を使いこなせず持て余している人がたくさんいるのではないか、というもの。たしかに周りを見渡すと実はもっといろんな使い方ができるのでは? と思ってしまうものは意外と多い。しかもそれは、機械だけとは限らない。ときに自分の置かれている環境や状況を持て余してしまうことだってあるのだ。

「今思えば、売れていない頃は時間を持て余していました。パチンコやコンパばかりしていたから、もっと有意義な時間の使い方がいくらでもあったのになあって。たとえばどっかの牧場で働くとか、歩いて日本一周をするとか、お寺で修業をするとか、そういう経験をしていたら、今頃よっぽどネタになっていたのにと思います」

お笑いの世界に飛び込んだのは、16歳のとき。芸能活動をしながら夜間学校に通い、20歳で卒業。下積み時代は意外と長い。

「ライブを始めたばかりの頃は、いつかテレビのゴールデンで冠番組を持ちたいと思っていたけれど、心の底から思っていたかというと、そうでもなかったんですよね」

漠然とした夢には、モチベーションが湧きにくいという。近い将来に実現できそうな身近な目標の方が、が然やる気が出る。

「だって夢みたいなでっかい目標なんて、一度も叶ったことがないですから。目標っていうのは、どう頑張ればいいかわかることじゃないと、意味がないと思っています。ライブで1位を取るっていう目標を立てたら、そのために面白いネタを作ろうと思って、ネタを考えるのにも気持ちが入る。目標は半年か、長くて1年先までしか立てられません。特に芸能界みたいなところにいると、1年後にどうなっているかもわからないし」

具体的かつ現実的な目標を立てれば、何をすべきかおのずと見えてくる。そして目標を実現させる足がかりとなる今が、どれほど大切なのかもわかってくる。

「どうやったら集中できるのかっていうことは、すごく考えますね。たとえば原稿を書いているときに、ネットで調べものを始めると、なんでこんなにバカなんだろうっていうくらい、調べていたことを忘れて、リンクをたどっていたりしますよね。原稿を書いているときに限って、携帯電話のアドレス帳の整理をいきなり始めたりとか…」

そういうときは、集中できる環境に身を置くのが一番だという。

「ネタを作るときは、事務所の稽古場で寝泊まりすることがよくあります。ネタを考える時間がほとんどだから、わざわざそこへ行かなくても、自分の部屋でもできるはずのことなんです。だけど余計なものが何もない空間で考えるのは、やっぱり一番効率がいい。運動しようと思ったら、ジャージを買ってジムへ行けば嫌でもやるけど、これから毎日、家で腹筋を100回やろうと思っても、続かないのと一緒。やらざるを得ない環境に自分を持っていくのが、性に合っているみたいです」

2月に入って34歳になったばかり。30代を人生の中でどんな時期と捉えているのだろう。

「何歳だからこうしなきゃ、というのはあまり思わないんですけど、子どもが生まれて自分の中に今までなかった種類の責任が、明らかに増えましたね。20代は好きなようにやっていたけど、そうはいかなくなった。原稿を書くのが面倒くせえなって思っても、嫁さんが赤ん坊を抱っこしている姿を見たりすると、このふたりの人生を自分が背負っているんだなって思って、頑張ろうという気になるんです。男ができることって、結局は仕事だと思いますし。責任っていう感じですね、30代は」

夢にはモチベーションを抱けないと言うけれども、あえて聞いてみた。5年後、10年後、さらにその先のイメージはあるのだろうか。

「僕はビートたけしさんみたいになりたくて、この世界に入ったんです。たけしさんには到底なれないけど、やっぱりなりたいっていう思いもいまだにある。自分が50歳になったときに何をしているかは、さっぱり想像がつきません。だけどその年になって過去を振り返ったときに、“自分はこれ”ってはっきり言えるものがほしいと思っています。昨年久しぶりに単独ライブをやったのですが、年に1回でもいいからやり続けたいですね。テレビの仕事は、こっちにいくらやる気があっても声をかけられなければ出て行けないし、その機会を延々と待っていなければいけない。だからたとえ規模が小さくても、劇場を借りてチケットを売ってネタをやるっていう、自分の力でどうにかなることをずっと続けていかなければいけないと思っています」

夢がないわけではない。夢や野望があるからこそ、そこへ行くための現実的な目標が生まれるのだ。

1977年、千葉県出身。92年にデビューし、00年にピン芸人「劇団ひとり」として活動開始。複数のキャラクターを演じる憑依芸人として人気を呼ぶ。06年、処女小説『陰日向に咲く』を上梓し、100万部を超え、映画化される。昨年、2作目の小説『晴天の霹靂』を発表。俳優としての評価も高く、映画『嫌われ松子の一生』やドラマ『純情きらり』や『我はゴッホになる!~愛を彫った男・棟方志功とその妻~』などに多数出演。昨年は4年ぶりとなる「劇団ひとりライブvol.5」を開催。4月29日公開予定の映画『八日目の蝉』に出演。

兵藤育子=文
text IKUKO HYODO
サコカメラ=写真
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