「自分の中から吐き出していきたい」

鈴木おさむ

2011.03.25 FRI

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA SUSI…
芸人の話の背景にある作家としての仕事の話

「僕の周りには売れてる芸人さんもいるけれど、面白いのに売れてない芸人さんもめちゃめちゃたくさんいて…」

キミは、イエローハーツを知っているか? 田中と甲本のコンビで、ホラ、『新しい風』っていうネタ番組にレギュラーで出ていて…。出演者からの選抜でスクランブルエッグっていうユニットができたときに落っこちて、そのままもはや芸歴11年。とうとうMー1グランプリにも出られなくなった。まあMー1の方も終わってしまったけれど。ふたりとも30歳で、そろそろ真剣に今後の身の振り方を考えていかねばならない世代に入ってきている。

…そんなふたりの日々が、交換日記から浮き彫りになるのが、鈴木おさむの『芸人交換日記~イエローハーツの物語~』という小説。イエローハーツは架空のコンビだ。だが、空想ではない。

「自分の周りにこれだけ芸人さんがいて、芸人ブームがあって、売れない人がいて、売れたけどダメになった人がいて、彼らのことは自分にしか伝えられない。これぜひ書かなくちゃと思って」

実在する50組以上の芸人さんたちのエピソードを盛り込んだ。自ら『Quick Japan』に直訴。そして1年間の連載が単行本化。

「『ブスの瞳に恋してる』という、奥さん(森三中・大島美幸)とのことを書いたエッセイがあるんですが、そもそもは結婚して、日々面白いことが起きるから、これを残しておかない手はないと『シートン動物記』みたいに書き始めたんです。すると、いままであまり気に留めていなかったことが気になるようになって。社会の結婚に対する見方が変わってきていることとか、恋愛において“こんなことがあるんだ!?”っていうこととか。それからは、書くのが半ば使命みたいに思えてきて(笑)」

同じモチベーションで“TVの裏側”を描いた連載を始め、イエローハーツの物語に到達した。この春からは“高年齢出産”をテーマにした連続ドラマを手がける。

「高齢出産じゃなくて、高年齢出産がホントらしいんです。お医者さんもそう呼んでほしいんですって。あと“うっかり妊娠”というのもあってですね…」

奥さんの流産をきっかけに“妊娠・出産が誰にでもできることではない”と知り、興味を持った(あ、“うっかり妊娠”が気になった人は、調べてみてください)。

ほかにも重量級の映画に3月公演の今田耕司主演の舞台の作・演出など、興味を持ってやりたい、やっておきたい案件が重なり、2011年は大変なことになっている。

「締め切りが遅れるとか書けないとかいうレベルじゃなくて、どうしたらより良いものを出せるのかで苦しんでます。ここをどう乗り切るか、出したものをどう受け止めてくれるかによって、今後何年かの僕のスタンスが変わると思っています。仕事のあり方を見てみると、自分の表現したいことが昔よりも明確になってきてることがわかります。それが全部一気にこの春に集まった。たぶんなんか意味があるのかなと。苦しいのは当たり前、どうやって楽しんでできるかというのが自分のなかでありまして」

4月で39歳になる。

「サンキューイヤーと名付けました。あとになって“39のときは働いたな、いろんなことをしたな”って振り返れますしね」

仕事へのスタンスが変わるきっかけになったのは30歳。当時も今と変わらず忙しかった。だが若干、忙しさの質が違っていた。

仕事が窮屈でなくなった。そして吐き出し始めた

大学在学中の19歳で作家としてデビュー。

「僕、早めに打席に立たせてもらえて、10年間でホントにいろんな番組をやらせてもらえたんです。それで30歳のときに連ドラのお話をいただきました。生半可な気持ちではできないなと思って、当時バラエティをすごくたくさんやってたんですが、休ませてもらったんです。『お金はいらないので休ませてください。もしこの申し出が失礼だったらクビにしてください』って。そしたら結構クビになりました(笑)」

不思議なことに、そのときクビになったのは、すべて自分がうまくフィットしていないと感じる番組ばかりだったという。そして当時のドラマのプロデューサーからは、バラエティで培った技術は全部捨てるよう命じられる。

「“じゃあオレがやる意味は!?”って、パニックですよ(笑)。でも、フラットにドラマ作りにかかわる方が僕のためになると言ってくれて」

期せずしてリセットのような形になった。ドラマは成功に終わったが、新しい感情が芽生えていた。

「自分はバラエティでエラそうに芸人を使ってるけど、書いたものが果たしてどのくらい面白いんだろうと不安を覚えました」  

そんな折、高校の後輩で芸人のカリカ・家城から連絡を受け、彼らが所属する吉本興業の若手芸人たちとの付き合いが始まる。

「TVにも全然出ていない、名も知らない芸人がこんなにいるのか、と。みんな面白いんですよ。それで個人個人、自分なりの憤りを抱えて生きていて」

同い年のダイノジ・大地と出会い、奥さんになる大島美幸を知る。

「自分の力が通じるかどうか知りたくて、力はあるけど人気のない芸人たちで舞台を始めました。それで一層、みんな心を開いて付き合ってくれるようになって…」

キレイゴトではなく、周りにいる人々に普通に興味がわいていた。付き合う彼女もセックスの対象としてどうか、という意味が強かったが、いまの奥さんは「この人と結婚したら人生が面白くなるんじゃないかな、って」。おのずと付き合う人々も変わり、それが仕事へと波及した。

「30歳までは目の前のことをやりきるのに一所懸命でした。締め切りに追われるのは同じなんですけど、いまはそれでも飲みに行くようになった。3時間しか寝られなくても、1時間は飲みに行く。人と会ってそこで笑っていられれば、睡眠時間が減ってもいい仕事ができる。ホント、それまでどれだけ窮屈だったことか!」

当然いまもそれは変わらない。

「TVというベースがあるからやれてるのかもしれないですけど、自分の中から吐き出していきたいっていう気持ちが、とくにこの2~3年強くなってますね。僕がオッサンになったせいかもしれないけど(笑)。夢をあきらめることのつらさや大変さとか、みんなの幸せの形っていろいろあるっていうこととか」

鈴木おさむはすでに未来に進むべき道を進みつつある。その最新の成果が今回の『芸人交換日記』ともいえるわけで。

「芸人さんってバリバリに売れてる人が全然売れてない人と一緒にいるんです。この間、ダイノジの大地くんが『めちゃイケ』のオーディションで落ちた残念会があったんです。宮迫さんが大地くんのために来てくれて『今回は落ちたけど、十分オイシイで! よかったな』って言ってました。そこには10年15年やってて売れない芸人もいっぱいいて。宮迫さん、僕に『大地みたいに面白いけど売れてないヤツがいっぱいいるんで、よろしくお願いします』って。そいつらの魂を背負ってるみたいなことを言ってくれるんです。だからといって、自分の番組に出てもらえばいいわけじゃなくて自力ではい上がっていかねばならない。それは言われてる方もわかってるんですね」

展望はとどまることなく広がる。

「この3年、今田耕司さんとすごく濃く舞台をやらせてもらってるんですが、よく今田さんが“代表作を作りたい”って話をされるんです。それをお手伝いしたい。SMAPとも仕事をしていますが、“アイドルにこんな進化形があったか!”っていうようなことも提示したいし、いままで僕が培ってきたことや一緒に仕事してきた人たちが生きるような映画もやりたいですし…“この10年は最高の準備だったんだ!”って思えるような40代にしたいと思っています」

…ともあれ、サンキューイヤーの各種締め切りたちを随時クリアしていかねば「40」はやってこないのである。

1972年千葉県生まれ。大学在学中の19歳のとき、放送作家デビュー。30歳のときのドラマは『人にやさしく』。2002年10月には交際期間0日で森三中・大島美幸と結婚。現在は『SMAP×SMAP』『お試しかっ!』『お願い!ランキング』など多数のバラエティ番組の構成に関わる。小説『芸人交換日記~イエローハーツの物語~』は3月11日に発売されたばかり、3月19日~21日には漫才ブームを描いた今田耕司出演の舞台『NGワードライフ』を下北沢本多劇場で上演。文中のドラマは4月スタートの『生まれる。』(TBS)。オフィシャルサイトはwww.osamushow.com

武田篤典(steam)=文
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SUSIE=スタイリング
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