「歌舞伎十八番の復活、そして…」

市川海老蔵

2011.10.06 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 サコカメラ=写真 大久保篤志(The Stylist Japan)=スタイリング …
5年ぶりの映画。そして、
歌舞伎へのフィードバック

「どこをどうするんだろうと思って」「瑛太くんの年齢とわたしの年齢…ましてや孫ですからね」

そういう部分にも興味はあった。何より大きかったのは本音と建前の描き方。

「武士として生きるのか、人として生きるのか。人間としての本音、武士としてのあるべき姿がよく書かれているのではないかな」

市川海老蔵が映画に出た。それで、いくつもの媒体の記者に囲まれての合同インタビューだ。出演したのは三池崇史監督作『一命』。3Dで描く武士道の体面と愛。残酷描写とガマンと悲劇的カタルシス。海老蔵が演じるのは、五十がらみの食い詰めた浪人・津雲半四郎。孫のいる老け役だ。年齢差5歳の瑛太が義理の息子を演じる。

彼は名門・井伊家を訪れ、切腹をするために屋敷の軒先を借りたいと申し出る。毛羽だった着物をまとい、落ちくぼんだ目とこけた頬で、向き合った大名家の家老の話に「ほう」とつぶやく。とても小さな声だ、が、観る者の鼓膜をじんじんさせる。

暗いオーラ。半四郎が現れるたび、スクリーンは重苦しい空気に満たされる。そして役所広司演じる家老と対話するうち、なぜ半四郎がこの家を訪れ、切腹を申し出たのかが明らかになるのだ。

映画に出演するのは、5年ぶり、2作目。冒頭のいくつかの言葉が、この作品を選んだ理由だ。

「歌舞伎の場合『義経千本桜』があり『仮名手本忠臣蔵』があり『菅原伝授手習鑑』という、それぞれすばらしい作品はありますが、メインは役者なんです。映画は役者もですが、第一に優先されるのは監督の意向。なので、三池さんの言葉には100%従いましたね」

仕事をしてみての、思い。

「簡単に“天才”って言うと失礼な気がする。で、すごく危険なもの?…っていうか、三池さん自身が発する響きや責任感がすごくステキだなって感じたし、物づくりに対するどん欲さ、真剣さに感じ入りました」

場面場面での発想力と、伝える言葉の的確さに驚いたという。

「そのあと、歌舞伎の舞台に立っていても、三池さんが僕の中に存在してましたよね。“あ、ここんところ三池さんだったらどう考えるかな”って」

衣装に関しては、生地やディテールについてかなり意見し、最後には、満足のいく仕上がりに。そこで、日ごろ歌舞伎に関して考えていることとリンクした。

「時代劇の需要が減っているので、昔のマゲの形を誰も知らない。それをどう守っていくのか。西陣織、蛇の目傘、下駄…職人たちを、今後いかに日本に残していくのか、すごく考えましたね」

誰かが言った。「海老蔵さんが一命を懸けて守りたいものは?」。折しも女児が誕生したばかりだった。そして、この作品のテーマは「命を懸けて守り抜くべきものは何か」。

「それはべつに、そんなとくに。自然とそうなっちゃうんじゃないですか?」

歌舞伎十八番の復活。そして、
歌舞伎の間口を広げたい

「“20代で名前を変えてもいい”!?変わったこと言ってるよね(笑)」

『R25』単独インタビュー。父上である十二代目市川團十郎の本誌インタビュー記事を見てもらうと、笑った。そして「名前って簡単に変えられるのかな」と、意外なところに食いつく。

歌舞伎のことは人一倍考えている。たとえば、先に出た技術の継承。

「それがないとできない演目があるんです。たとえば『寺子屋』の松王丸の衣裳。複雑な西陣織でできている。これ一つ作るのにとてもお金がかかるんです。仮に30年に1回作るとして、今作って、同じ職人さんが30年後にまた作れるかどうかはわからない。だから、今の職人さんが衣裳を作る現場に、次世代の職人さんに立ち会ってもらう。その次の世代も同様です。こうして技術が途切れないようにしていただかないと、困る」

現在ビルへと建て替え中の歌舞伎座に、歌舞伎にまつわるあらゆる職人を集め、技術の継承を図る養成施設をつくりたいと、具体的な夢も描く。

「『江戸桜』の助六さんは蛇の目の傘を差して出てきますが、僕が初役で演じたときと今とでは、明らかに傘の質が違ってるんです。染物屋でも、もはや出ない色がいっぱいある」

小さいころから本物に触れてきたからこそ、それが失われていくことをリアルに肌で感じるのだ。

「世襲ですからね。ここに歌舞伎のいい点も悪い点もあると思うんですが…。胎教の段階で歌舞伎の言葉や音楽を聴いているからこそ、早く理解もできる。一方でそこに甘んじると…いろいろよくないことも起こる」

順風満帆とはいえない。10代のころにも、厳しい稽古や礼儀作法に戸惑った時期があった。

「“なぜやらねばならぬのか”という疑問に、子どものころなら“やらなきゃなんないから”で済むんですけど、成長してくると“歌舞伎の家に生まれたから”以外の答えが出せないんです。こんなの、自分の理由じゃないですから。それで、悩みましたね」

あまりにあっけらかんと過去を語るので、大丈夫ですかと尋ねたら「僕そのものの歴史ですから」と笑っている。

「16歳のときに大役をいただいて、祖父の十一代目市川團十郎の舞台の映像を観るんです。これがカッコ良くてねえ…こんなにカッコイイなら、“…じゃ、まあやってみるか”と、また一所懸命やり始めた。でも、いったりきたりです。いまだに疑問に思うことも、解決しなければならないことも、できないこともいっぱいある。そういうことを決着したいから努力するんですけど、答えはすぐに出ません。10年後とか20年後、30年後に少しずつ結論が見えてくるような職業なんですよね…」

スポーツ選手に憧れた時期もあった。というのも、勝敗や成績という“答え”が客観的な数字で得られるから。役者には、そんなことはない。

「でも答えはおのずと全員が持ってるんだと、思うようになりました。それぞれの思ったことが、そのときの答え。自分の思い、團十郎の思い、お客様がいいと思ってもダメだと思ってもすべてが答え。役者ってこういうふうに生きるものなんだなって」

気になると放っておけないタチらしい。疑問がわくとすぐに考える。誰かに尋ねる。とことん調べる。海老蔵自身、豪放磊落で無邪気なイメージで語られることが多いが、それは一面。非常に考える男なのだ。

で、役者としての未来図をきちんと描いている。だが野望を聞いたら「ない」と答えた。

「野望というと、実現するかわからない難しいものでしょ。僕にはやんなくちゃいけない目的があるんです。七代目市川團十郎が制定した歌舞伎十八番を復活させること」

18本中、現在上演されていない数本をきちんと形にし、すべてを上演する。今年1月には『蛇柳』を、64年ぶりに復活させる予定だった。

「…ああいうことをしなければね。ひょっとしたら先祖に“まだ早い”と怒られたという意味もあったのかな。それで今練り直しています」

自分が演じることだけではない。「さっきも言いましたが、歌舞伎の世襲にはよくない点もある。オペラやバレエは、あらゆる人にチャンスがある。才能があり努力をすれば、誰でもトップに行ける。われわれ歌舞伎は、その点、先細りになっていくおそれがあります。そこについてはしっかり考えていきたいですね」

33歳、歌舞伎界では“若手”の海老蔵が、今動く真意とは…!?

「世代世代でそれぞれ、みなさん自分なりのやり方で、歌舞伎界を変えようとしています。でもそれはあくまでそれぞれの世界を創造しようとしているのであり、みんなで共同して何かをやろうということではないんですよね。それに、僕はこういう意見ですけど、真逆の人もいる。全部うまくまとめて歌舞伎として動かしていくには、相当の尽力と時間と統率力が必要だと思うんです。晩年からだと難しいんじゃないですか。自分が人生を賭して、なんと言われようとやるしかない!…なかなか実現できなさそうだよね(笑)。“未来を言え”ってご質問に答えたら、こういうことになっただけなんですけど」

そう言い切ったあとニヤリと笑う。「今、香木に凝ってて…勧進帳の弁慶の使う数珠を、代々成田山新勝寺に奉納してるんですが、祖父は白檀で作って、父は柿の木で作ったんです。僕もそろそろマイ数珠をと思っていて。これが野望といえば、野望かな。すでに白檀で発注して、年末にはできてきます。…ん? 叶う予定だから、野望じゃないか(笑)」

1977年東京生まれ。83年5月歌舞伎座の『源氏物語』“春宮”役で初お目見得。85年5月、歌舞伎座にて『外郎売』の“貴甘坊”を演じ、七代目市川新之助襲名。04年5月十一代目市川海老蔵襲名。『勧進帳』『鳴神』『七つ面』など、歌舞伎十八番を近年積極的に演じる。また海老蔵襲名披露でのパリ公演を皮切りに、海外公演も多数展開。NHK大河ドラマ『武蔵-MUSASHI-』など、TVドラマにも出演。現在、名古屋・御園座での『顔見世興行』に團十郎とともに出演中。映画『一命』の詳細はオフィシャルサイトにて。www.ichimei.jp/

武田篤典(steam)=文
サコカメラ=写真
大久保篤志(The Stylist Japan)=スタイリング
穐田ミカ=ヘア&メイク

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