「アラブの王様、僕に1億円ください!!」

市川亀治郎

2011.12.15 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 稲田 平=写真 勝見宣人(Koa Hole)=スタイリング 安海督曜=ヘ…
なじみのない男子たちは
いかに歌舞伎を観るべきか

「それはなかなか難しいね」と、亀治郎さんは言った。

「歌舞伎って全部が全部面白いもんじゃないし、べつになくても生きていけるものだから。それに、今、世の男子が忙しくなりすぎてる。残業で夜9時までオフィスにいたら芝居終わってしまうしね」

現代の日本では、あまり男子は歌舞伎(のみならず舞台全般)を観ないことになっている。だから、行くモチベーションが上がるような要素を尋ねてみたのだが…。

「まあ、でも入り口は人物に興味を持つことかな。“TVに出てる人だ!”って。歌舞伎はストーリーを追うより役者を観に行くもの。それで“あ、なんかすげえ!”でいいんですよ。観終わって家に帰って“何の物語だったんだろう”と。その場で楽しさを感じられれば、それでいいと思いますよ」

演目の多くは江戸時代の時間の感覚にあわせて作られているので、現代人が観るとどうしても冗長だったり、ムダなセリフや描写があることが多いらしい。だから、眠いのはあたりまえだという。

「そんななかでも浅草の演目は、わかりやすくて上演時間が短い。イベント性の高い舞台だね」

1月2日開幕の『新春浅草歌舞伎』のことである。この公演、ハードルは高くない。正月の浅草だから観光気分が楽しめるし、ドラマやクイズ番組でもおなじみの市川亀治郎も観られるし。「チケットの値段も、普通の歌舞伎の半額ぐらいだし(笑)」オススメなのだ。

昼の部・夜の部で演目が代わり、亀治郎さんは、『南総里見八犬伝』(昼)と『猿之助四十八撰の内 通し狂言 敵討天下茶屋聚』(夜)に出演。前者はおなじみ滝沢馬琴原作の大長編伝奇小説。八犬士が勢ぞろいするシーンなど、名場面が上演される。後者は江戸の敵討ちの物語。亀治郎さんの伯父にあたる三代目市川猿之助の集大成、猿之助四十八撰からのセレクトだ。『敵討~』は余分なセリフを切り、スピーディーな展開で見せる市川猿之助独自の演出バージョン。

「自分でチケットとって、金を払って足を運べば、それだけで芝居を観るということは成立するんです。TVで芝居を観るっていうのは舞台を一番つまんなく観るための手段ですからね」

忙しくても、難しそうでも、とにかく一度、生で観る。堅苦しく考えず、感じること。それが唯一にして最大の“コツ”。

「あくまで興味があればだけど、ね」と語る亀治郎さん、この公演の5カ月後には、新橋演舞場での襲名披露が決まっている─四代目市川猿之助の。

未来なんて、「ない」。
今をどう生きるか

歌舞伎の知識などなくても、(三代目)市川猿之助という名前は聞いたことがあるだろう。オペラや小劇場の演出方法を取り入れ、スペクタクル感あふれる舞台装置に、ワイヤーアクション(宙乗り)…いわば究極の“あ、なんかすげえ!”であるスーパー歌舞伎をはじめ、歌舞伎界に変革をもたらした。あと、俳優の香川照之の父上としてもおなじみ。

その名を継ぐわけだ。

「僕は、実はあまり名前にはこだわっていません。猿之助というのはとても大きな名前です。継ぐことに憧れもありました。でも、どうしてもなりたかったかというと、そうでもなくて…縁あって、ですね。僕自身が変わるわけではない。世の中の扱いが変わるだけ」

襲名というのは、マスコミ的には大きなニュースだ。とくに今回は、いとこにあたる香川照之が長男ともども歌舞伎に身を投じるということで話題になった。が、亀治郎さんの見方はクール。

「要するに、僕も含めて大衆って、“変わった”っていう情報を与えられたら変わったような気になるんですよ。首相がいい例でしょ(笑)。変わったところで日本が急に変わるわけじゃない。僕の名前も同じです。名前が変わったから芸も変わった…って言われるかもしれないけど、僕としては“いやいや別に…”という感じなんです。ただまあ、不可抗力はありますね。世間の扱いに応じて、合わせていかざるをえない部分も出てくるでしょう。でもそれに惑わされちゃダメですね。チヤホヤされるかもしれないけれど、それを本気にしちゃいけない(笑)」

甘んじて、チヤホヤされる準備はある。だがそれは表層。絶対に変わらない部分がある。

「まあ、それは…。誰しも思ってることでしょうけど、自分だけがわかっていればいいところですから。大衆の面前にさらすようなことではないし、わかってもらう必要もないでしょうね」

そこについては、以上。たぶん、言葉で説明できるような(また、する必要のあるような)ことではないのだろう。だが仕事に対するモチベーションに関しては、至ってシンプルな言葉で定義する。

「楽しいかどうか。あたりまえのことです。根底はこれ。満たさないと、他の基準はあり得ません」

四代目市川段四郎の長男。4歳で初お目見得(=デビュー)。歌舞伎の家の男の子だから役者をやるのは当然だったけど、最初から稽古も舞台も楽しくて大好きだったという。

「嫌なことなんて一切なかったですよ。それは今も変わらず。役者なんて楽しいからやれるんだと思う。だって1カ月25日間休みなく朝から晩まで、ですからね。好きじゃなきゃできないでしょう。楽しくないなら会社で働いてた方がよっぽど儲かる(笑)。だから、嫌になったらすぐやめます」

好きだからやってる、嫌ならやめる…「生ぬるい」と思った人がいたら、それは全然違う。

「舞台やってて急に嫌になったとします。一生その場に帰ってこないなら、そこで“やめます”って宣言して舞台降りても何の問題もない。やめたくなったら即やめていいと思ってるんです。あとは頭剃ってお坊さんにでもなって生きていったっていいんだし。たぶん僕は激しいんだと思う。好きか嫌いかどっちかなんだよ」

なんだか好き、とかではなく、全力で好き。その気持ちをデビュー以来30年あまり維持している。

「歌舞伎の役者はみんなそうだと思うけど。好きなはずですよ。嫌々やっても絶対いいものができないって先輩方はみんな知ってるので、無理強いはしないから。好き、以外の理由がないもの」

サラリーマン社会には置き換えにくい価値観かもしれない。

「でもね、これからは企業もそうならないといけないんじゃない? 社員が嫌々働いてるような会社、絶対良くならないと思う。そうじゃない会社はどんどんつぶれる気がする…これから」

“これから”と言いつつ、自身の未来のことは考えないらしい。

「そもそもそう思ってたけど、3月11日のことでよく分かった。未来は一瞬でダメになる可能性がある。未来って、今できないことの言い訳のような気がする。“いずれやろう”と思うと安心できるでしょ。でも何もしなければ悔いしか残らない。今、何をするか。今、何が欲しいか。つねにその場その場で選択していく。今。今。その積み重ねが未来になる。だから、いつ死んでも構わないように生きる…けど今死んだらすごく悔いは残るな(笑)」

だから野望も「…ない」。と言いつつ、エライことを言った。

「あ! アラブの石油王がお金くれないかな。1兆円ぐらい(笑)。まず東北に寄付して、残った1億円で芝居を作る。歌舞伎の新作って1本1億円あれば、十分作れるんです。歌舞伎ってお金がかかるんですよ。舞台装置も衣装もスゴイし。金閣寺の芝居だったら、本当に金閣の屋台を舞台に建てる。それを毎回壊すわけですから」

…金額、ぜひ書いておいてくださいと笑う。スポンサーが現れるかもしれないから。

「将来、じゃなくて、今。作って続けていかないと、職人さんの技も継承されませんから。タイトルのところに大きく書いておいてください。“アラブの王様、僕に1億円ください”って。びっくりマークつきで(笑)」

東京生まれ。80年『義経千本櫻』の安徳帝で初お目見得。83年『御目見得太功記』の禿たよりで、二代目市川亀治郎として初舞台。慶應義塾大学文学部国文学専攻卒業。02年には「亀治郎の会」を旗揚げ、自主公演を定期的に行う。12年6月に四代目市川猿之助を襲名予定。古典のみならず、蜷川幸雄や三谷幸喜演出の歌舞伎にも出演。歌舞伎のみならず、07年の大河ドラマ『風林火山』の武田晴信役をきっかけにドラマ、映像作品にも進出。現代劇からバラエティまで幅広い活躍を見せる。12年1月にはドラマ『運命の人』(TBS)に出演、ほかに映画2本が待機している。新春浅草歌舞伎は1等席9000円、2等席5500円、3等席2000円。www.asakusakabuki.com

武田篤典(steam)=文
稲田 平=写真
勝見宣人(Koa Hole)=スタイリング
安海督曜=ヘアメイク

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