あのころはおもんなかったなあって言えるようになりたい

千原ジュニア

2012.06.07 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 堀 清英=写真
人生2度目の“企画”
だが、全然違うのである

「バーンっていう、聞こえない破裂音みたいな音が頭の中で聞こえて、スゴイ爽快感がありましたね」

『ざっくりハイボール』での最高の瞬間に対する答えだ。

タイトルは曖昧だが、中身は“ガチ”。いわゆる“お約束”を徹底的に排除したお笑い番組だ。

たとえば、取材の日に収録していたのは『ざっくりカジノ エスカレートクエスチョン』という企画。グラビアアイドルたちがカードを引き、そこに書かれた人数が「YES」と答えるような質問を出す。質問は徐々に過激にせねばならない。どんなにキツイ質問でも基本編集なし。どうしてもNGな場合は待機したマネジャーがパトランプを回す。

『ガチ喧嘩』という企画はもっとキツイ。本気で仲違いしている芸人たちを呼び、言い分を聞く。いがみ合う人々の憎しみや邪悪な人間性が、余すところなく映し出された挙句、「ギャグ」や「大喜利」などで対決し、「純粋に面白かった方が正しい」という価値観で決着する。喧嘩してるテンションの人が、大概ひいている観覧者の前で、急に面白いことをさせられる理不尽さ!「面白い者が勝ち」という価値観は、たぶん千原ジュニア自身のものだ。この番組には“企画”として、彼の名が最初にクレジットされている。

「企画として名前が出てやるのは初めてです。他でも、たとえば『にけつッ!!』ってトーク番組ではフリーでしゃべりたいことしゃべってるだけですし、NHKの『ケータイ大喜利』は、視聴者から寄せられた答えのどれを最初に選んでどの順番で読んで、どこに着地するかも任されてますけど、この番組ではゼロからやれるのがデカイですよ」

実は、企画から番組に入るのは2回目。15歳からこの世界に入り、キャリアは23年になるけれど、21歳の時に『千千原原』という番組を担当したのが最初。当時のジュニアは、仕事の一つとして笑いを見ているスタッフと、24時間面白いことを考えている芸人との、笑いに対するスタンスの差を嘆いている。芸人である自分がゼロから考えるこの番組が何より面白いという発言も残している。

「あれから倍近い年齢になって、またゼロからやらせてもらえるのは感慨深いですね。僕、こんなことやりたいからこの世界入ったんやろうなって思ってます…他の誰かが考えた企画に僕が参加することで、どこまで点数を上げれるかっていうやり方も楽しいですけどね」

ある企画に見る笑いの方法。
で、目指すところは

“ラ・マン”とか“蜂蜜”とか“撮影”というワードが飛び出し、スタジオでのグラビアアイドルたちの戦いはまさにエスカレート。ある質問に5人が「YES」を押した時には、モニターを観ていた男性スタッフ2名が「すげえ!」と声を上げた。

「今日は、なんて言ったらいいんですかね…メッケもんでしたね。もとは芸人が暴露しあうような形でやってたんですけど。“女性タレントさんでやってみる?”って提案はスタッフからで、なんか…こんなにハネるとは思ってませんでしたね」

“ハネる”とはつまり、彼の頭の中のアイデアが番組という形になり、予想以上の結果をもたらすこと。

「一番うれしいのは、月並みですけど、笑い声を聞いた時。それは生のお客さんの声はもちろん、スタジオの笑い声でも。この番組に関して言うなら、僕は企画もやってるんで、番組に出てるメンツ全員に“出どころ”があって、それぞれがちゃんと仕事をして仕上がるのが一番成功だと思っています」

番組が始まって約8カ月、もっとも“ハネた”企画は…。

「フジモンのドッキリは間違いなくそうでしょうね」

FUJIWARA・藤本敏史をニセ企画でスタジオに呼び、水浸しにしようというもの。

この企画には、藤本的にNGな事項があったらしいのだが「フジモンとオレは同期やから、同期が言い出した企画やしオッケーにしてくれるやろう」と敢行。「全責任はオレが取るし、結果的にフジモンもめちゃめちゃおいしくなるのは間違いないからと」

そして、このドッキリの背景を解説してくれたのだが、ここに千原ジュニアの笑いへの取り組み方の一端が見て取れるのだ。…あ、藤本のNG事項については、内緒。

「この番組、予算が極端に少ないんですよ(笑)。普通のどっきりみたいに事前から仕込むと、如実にバレます。そういうしょぼいドッキリ見せられたら、視聴者も“なんやこれ!”ってなるでしょう? で、それを逆手に取ろうと」

予算のなさを時間的制約にすり替えた。ドッキリの仕掛けを考え始めるのは、藤本がスタジオに入る1時間前から。そしてその会議自体を観覧者に見せる。

「1時間以内で決めなあかんから、しょぼくても許せるんです。しかもお客さんを入れることで、決める過程も面白く観てもらえるし、共犯者感覚も生まれる」

計画段階から知っていて、それが着実に遂行されるのを見るという、なかなか悪意ある楽しみ方だ。

「そこでできたのが“私服で水浸し”。これ、俺とフジモンが同期やから成り立つんですけど、本来テレビは全部衣装やから、私服で出てもらうわけにはいきません。フジモンにも衣装のスーツが用意されたんですけど、1着はすごい小さくて着られへん。交換した1着はえらい大きい。ほんでどうするかなーと思って見てたら、フジモンが“俺、私服で行こか?”って言いよったんですよ!」

“バーンっていう、聞こえない破裂音が頭の中で聞こえた”というのはこの時。

「スタッフが机の上で会議してただけでは実現できなかったでしょうね。俺とフジモンの関係性もあったけど、もともと考えてたよりもはるかに面白くなったし…」

“もともと”。普段から千原ジュニアは「アレはヘンやろ」とか「これオモロイんちゃうん」とか考えている。そして関わる番組や舞台で、語ったり企画にしようとする。思いついたひとことをトイレでノートに書くクセがあり、それは2年前から『週刊SPA!』で『すなわち、便所は宇宙である』というタイトルで連載されている。そこには“オモシロ”だけでなく、オノレの現状を見つめ、未来を見据える視点が見える。

ビートたけし・タモリ・明石家さんま・笑福亭鶴瓶・所ジョージ・高田純次・関根 勤・志村けんら、それぞれのフィールドでバリバリ活躍している50~60代の先達9人の名を挙げ、“ウルトラナイン”と称えた。“目指してますか?”と尋ねると、「ハイ」と即答。

「足元見ながら何も考えずに歩いてて、気づいたら頂上についてた…なんてことはまずないので、頂上に立ちたいなら、ちゃんとそこを見ながら歩いていかないと近づけないと思っているので」

そのために自分に足りないことを、日々オノレに言い聞かせている。

「“才能がないということを自覚しろ”ということですね。まだどうも自覚しきってない部分がある。“このぐらいでいけるんちゃうん?”って思ってるところがある。それじゃ絶対無理。他人は天才、自分は凡才だということをもっと血液のように体中に流れるぐらい自覚しておかないと、この先5年10年後にはテレビから消えてるでしょうね。“だったらどうすんねん!”っていうことをいつも考えていかないと。もうホンマに毎回現場で思いますよ。“あ、また何もできへんかった”って。“さっきのセリフ絶対あっちやったやろ!”って」

ある出版社と約束した小説を書く予定がある。それが映画化できそうならメガホンも取るつもり。でもこれらは予定であって野望ではないらしい。「お笑い以外のことはポイントに入れないでいようと思ってる」のだそう。ならば野望は…。

「そうですねえ、何でしょうねえ…あのころおもんなかったなあって言いたいっすね、やっぱり。僕今38ですけど、“38のころはおもんなかったなあって言えるようになりたいっすね」

試しに“21歳のころはどうでしたか”と尋ねてみたら顔をしかめた。「おもんなかったです。ホンマに全ッ然おもんないです!」

では、37のころは…。

「…よりは今の方がおもろいです。普通に冷静に採点して、そうなれてると、今のところは思いますけど、まだまだ。まだまだですね」

1974年3月30日、京都府生まれ。89年にNSC入学、兄・せいじとともに千原兄弟を結成。10代後半から、おもに心斎橋二丁目劇場で活躍。『すんげー!BEST10』『千千原原』などの番組に出演(企画も)、大ブレイクの後、23歳で東京進出。直後しばらく不遇な日々を過ごすも改めてブレイク。現在『笑っていいとも!!』『にけつッ!!』『着信御礼! ケータイ大喜利』などに出演中。文中の単行本は『すなわち、便所は宇宙である』『とはいえ、便所は宇宙である』(扶桑社)。2014年には生誕40年を記念したライブ『2014年 千原ジュニア40歳』を予定

武田篤典(steam)=文
堀 清英=写真

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト