今と変わらずに会議に出続ける

秋元 康

2012.09.06 THU

ロングインタビュー


村田智博(blst)=文 サコカメラ=写真 スチーム=編集
泥縄的な人生。泥棒を捕まえてから縄をなうように、事が起こってから慌てて準備をすること。自分の人生をこんなふうに表現する。

3カ月間の水泳レッスンを
余命半年で始める、とか

秋元さんに「これからやりたいこと」を聞くとこう返ってきた。

「まるでないんですよね。全部泥縄的な人生だから」

高校2年の受験勉強中に、たまたまニッポン放送のラジオ番組に投稿したのがきっかけで、放送作家としてデビュー。以来、ラジオやTV番組の企画構成、作詞、コンサートの演出、歌手のプロデュース、ドラマ、映画、小説にCMの企画…。好奇心の赴くままに仕事を続けてきた。だから「ここから先、こういうビジョンがあって、残るものを作りたいとかまるでないんです」。

時代のアイコンを生み出し続けてきた人が、本気でそんなことを言っているのかは実に疑わしいけど。

「僕が余命半年と言われても、今と同じように普通に会議に出て、来月の番組の打ち合わせをすると思います。“来月には死んじゃうんですよね?”と聞かれたら“死んでるよ”とか言いながら(笑)。たい焼きで喩えるなら、しっぽはカリッとしているのが粋だと分かっていても、最後まであんこがつまっているような、そんな最後の半年にしたい。例えば、あと1週間で死ぬって分かっているのに、“付き合おうよ”って言っているような、余命半年なのに『3カ月でマスターする水泳』とかを始めるような感じかな(笑)」

遠い未来だろうが、半年先だろうが関係ない。いつかやりたいことよりも、その時に楽しそうなこと(彼の場合、それが大体仕事になる)を追い求める。しかもとんでもない量を。泥縄的な人生、縄を準備していなかったのではなく、縄が足りないだけなのかもしれない。

秋元さんは、今年ニッポン放送のラジオ番組『ホリデースペシャル』をプロデュースしている。7月の第1回の放送は題して『秋元康プロデュース 死んだらどうなるの?』。メインパーソナリティにジャーナリストの鳥越俊太郎氏を迎え、複数のゲストが死について語る3時間。秋元さん自身も放送作家として放送現場に立ち会った。ちなみにさっきの余命の話はこの番組のことを聞いて出てきた話。

その第2回が9月17日(月・祝)に放送される。テーマは『遺言』だ。

「タイトルは『遺言の下書き』がいいと思っています。映画で『死ぬまでにしたい10のこと』ってあるじゃない? ああいうのって、実は今のことを考えるんですよね。今何をしたいかを考える。この番組で『遺言』をテーマにしようと思ったのは、生きている人たちに今をもう一度考えてほしいから。遺言を書くことで自分を整理するんです。自分の人生で何が足りなくて、何があるのか。自分の人生はこういうもので、こういう人にこういうものを残してあげたい、これだけはしたかった、あいつには謝っておきたいとか。そして『遺言の下書き』がいいと思うのは、そういうことを死ぬまでに何度も書き直せるから」

『遺言の下書き』。社会に出て数年、仕事人生を歩み始めたばかりなのに、もう死ぬことを考えるの? と正直思ってしまう。が、それはR25の読者であっても無関係ではないと秋元さんはいう。

「25歳の人たちも男性の平均寿命で言ったら、余命55年なんですよね。そこを受け止めた方がいい。余命っていうと60歳くらいで気にするものだと思うかもしれないけど、それは違う。1歳の子は“あ、余命79年かぁ”と思って生きなきゃいけない(笑)」

これは「余命や死を意識しよう」ということらしい。つまり「死生観」を持つということ。25歳で死生観を持てば怖いものはないのだ、とも。

自身も若いころはいつまでも続いていく人生を描いていたが、父親や親しい後輩を亡くしたことで、身近な人がいなくなる現実を実感し、死を意識するようになったのだ。

「別に、本当に遺言を下書きしなくてもいいんです。ただ、余命という言葉と死はあるということを何となく意識して毎日を過ごすことは、意識しないで過ごすのとは違う。意識することで、1日の、1年の使い方が変わってくると思う」

秋元さんはこの「意識」を筋トレの「意識」に喩える。トレーニングをするときは、鍛えたい箇所の筋肉を意識しながらトレーニングした方が、効果が出やすいというアレだ。余命や死への意識が人生のなかの1日の密度を高めてくれるということだろう。

「AKB48を見ていて思うんだけど、あの普通の女の子たちでも、レコーディングやコンサートの準備が間に合わないと思ったり、何か自分自身の目標を持ったりするようになって、自分のなかで頑張らないと、力を入れないとこの坂道は上れないって思った時に、筋肉がついていくんですよ。でも、同じ角度の坂を無意識に知らず知らずに上っていっても筋肉はつくものではないんですよね」

今しかできないことをやる。
しかも、生意気に

意識は分かったけど、じゃあ日々何をすればいいのだろう。

「様々な人たちが言ってきたと思うんだけど、25歳なら25歳にしかできないことをやりなさい、と言いたいですね。今になって思えば、その時にしかできないことをやるしかないんだなということ。でも、若い時って“もっと先のことをやりたい”とか、大人ぶりたいとか、そう思いがちじゃないですか。僕自身も高校2年から放送作家をやってきたけれど、なんでそんなに焦っていたんだろうって思いますね。まあ、今があるのは運命なんだろうけど。“ちゃんと大学の授業を受ける”とか“合コンに行く”みたいな、その時にしかできないことをちゃんとしておけばよかったなあと思っていますよ。だけど、大学生だった時、たまに大学に行って同世代の友だちと交わるよりも、放送作家の先輩たちに銀座のクラブに連れて行ってもらっている方が当時は楽しかった。クラブなんて、自分が30歳、40歳になれば嫌っていうほど行くことになるのに」

若いころから、“今できること”“今楽しいこと”をちゃんとやってこなかったという。そしてそれは、どうも生来の性質らしく…。

「昔、母親に“あなたは遊園地に行っても、次に乗りたいものばかり見ているけど、それはもったいない。今乗っているものを楽しみなさい”と言われたんです。その“もったいない”に気づくのは30年とか40年とか後だったんだよね」

秋元さんのメッセージは「今しかできないことをしなさい」だ。しかし、それを言っている本人も「みんな“うるせーよ”って思っているんでしょうけど」と笑っている。

年をとった今、これまでに積み重ねた経験と蓄えた知識をもってすれば、若いころはその時しかできないことに集中するのが一番大切だという結論に至る。けど、結局若い時は、その大切なことに気づけないし、気づこうともしない。

秋元さんも「うるせーよ」タイプだったし、今も「うるせーよ」の若者の方が好きなんだそうだ。

「今大学で教えていてつまらないと思うのは、“生意気”な奴が少なくなったことです。僕もずっと生意気って言われていました。いろんな番組をクビになりましたけど、生意気っていうのは根拠がないから面白いんですよね。なぜ生意気と言われてもその主張をするのか、そんな態度を示すのか、根拠がない。根拠がないものほど、世のなかで強いものはないんですよ。特に僕らの仕事は、どんな詞を書こうが、どんな番組を作ろうが正解はない。だから、失敗したら“いやー、時代が早かったねー”って(笑)」

秋元さんからの教えに“生意気に”というスタンスが加わった。でも、本当に生意気を言われたら?

「“何言ってんの、お前?”と返すかもしれませんね(笑)。でも、そこで“好きに言えって言ったじゃないですか”と反抗してくれればいいんですよ。それなのに、すぐに“すいません”って謝っちゃう…」

生意気さを貫き通せない若者に物足りなさを感じながら、秋元さんはちょっと寂しそうな表情を見せた…というようなことはなく、「でも、僕もすぐ謝っちゃう方だったんだよね」とつぶやくのだった。

1958年生まれ。肩書きは作詞家。高校時代より放送作家として頭角を現し、『ザ・ベストテン』『夕やけニャンニャン』など多数の番組構成を手がける。83年以降は作詞家として、美空ひばり『川の流れのように』をはじめ数々のヒット曲を生む。アイドルグループ“AKB48”の総合プロデューサーを務めるなど、つねに第一線で活躍するクリエイターとして注目を集めている。著書に小説『象の背中』(扶桑社)、『秋元康アートのすすめ』(美術出版社)ほか多数。京都造形芸術大学副学長

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