海外でちょっとでも読まれればなあ

田中慎弥

2013.09.05 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 Saco.=写真
小説が書かなかった
ラストが描かれている

物語がすべて終わると、アコースティックギターの調べに合わせて、スクリーンには水辺の生き物が次々と映し出される。そして、この映画に関わった人たちの名前が。このおだやかなエンディング・クレジットに「ああ、映画を観たなあ」という満足感を覚える。

「あ、それは私も同じことを感じました。まあ作ってくださるのが青山さんなんで、もちろん大丈夫だとは思ってましたけどね」

田中慎弥は言う。2012年、『共喰い』で第146回芥川賞を受賞した。この作品が青山真治監督のメガホンで映画化されたのだ。

「自分は作家で、小説を書いて読者に届ければそれがすべてなんですけど、映画が好きな人間でもあります。運が良ければ一生に1回ぐらいそういうこともあるかなと思っていたので…まあ運が良かったんですね(笑)」

昭和63年の夏、川のある海辺の町で17歳の高校生・遠馬は、父・円とその愛人・琴子と暮らしている。遠馬は付き合い始めたばかりの千種とのセックスにふけっているが、不安に苛まれている。父は、行為の際に相手を殴るのだ。それで産みの母・仁子さんは家を出た。そのとき妊娠していたが、円の血を新たに生み出さぬよう、堕胎した。今も彼女は川の向こうで魚屋を営んでいる。遠馬は、父の性質が自分の中にもあるのではないかと、恐怖しているのだ。

…純文学だ。でも、ものすごくカジュアルに言うと、彼女の顔を見れば(見なくても)やりたくてやりたくてしょうがない高校生が、性癖に悩む話。…R25男子的にも身につまされるでしょ?

で、物語は、豪雨の祭りの夜に凄惨なクライマックスを迎える。

「最後の部分は原作より長いんですよね。私は、本当はそこからもう少し書かねばならないと思ったのよりも手前で、小説を終わらせました。女性をひどい目に遭わせたまんまで。その後を書くとダラダラとしたこじつけになってしまう気がしたんです」

映画は、まさに小説で書こうとして書かなかったところを見事にふくらませてあるという。

「あんなにひどい目に遭ったのに、人間としてきちんと地に足を着けて…でも肩に力を入れず生きていく、女性たちが解放されていくところまで描かれていて非常に…ありがたかったですね」

下関に生まれ育ち、今も暮らす。こうしてインタビューにご登場されたのは「映画会社の陰謀です」と笑っているが、映画の出来にはとても満足な様子。ラストだけでなく、クライマックス直前の鰻のシーンには「やられた」という。

原作では、遠馬が庭の泥から鰻が現れるのを幻視する。映画では、遠馬の部屋に、雨漏りとともにドサリと天井から落ちてくる。

「あの場面は、性的な感じと神話性と土着性をイメージして書きました。自分としてはちゃんと書けたと思います。でも映画を観ると、豪雨とともに上から部屋の中に“降ってくる”という感じも、より遠馬との距離も近くて、直接的で、このやり方でもよかったあって思いました」

とにかく毎日書く。
仕事となればなおさら

映画好きだ。月に2~3度は北九州に観に行く。基本的には「単なる趣味」。でもときどき、書くヒントになることもある。

『共喰い』のクライマックスは、『ジョーズ』を模倣したという。

「神社から遠馬と千種が魚屋に逃げてきて、二人には雨の音しか聞こえないのが、仁子さんだけは下駄の音を聞きつけて円を追いかけていく…『ジョーズ』で3人が船に乗っている場面。海洋学者のリチャード・ドレイファスは海面を見張っていて、警察署長のロイ・シャイダーはロープの結び方の練習をしている。そこでサメ狩りの名人のロバート・ショウだけがリールからラインがチッチッチッチッチ…って出てゆるーく回り始めるのに気づく。仁子さん一人だけが下駄の音を聞いてるっていうのは、そこを意識的に…」

おそらく書く内容は決まっていたのだろう。どんな過程で、そこに『ジョーズ』がハマったのだろうか。

「書いている時の感覚は自分でもわからないんですが、どこかにそうしたストックがあって、具体的に取り出せる形のものもあれば、毎日思っていることが少しずつ溜まっていったようなものもある。そのなかから当てはまる部品を選ぶ感じですかね。それでサイズが合わなければ合うように加工して使う。荒くれ者で無神経に見えるサメ漁師が実は一番繊細だったという、『ジョーズ』のあのシーンは前から好きだったんです」

執筆は、使用済みファックス紙の裏に2Bの鉛筆でゴリゴリと。何度も推敲を繰り返しながら、書く。

「三島由紀夫の場合は文章が頭のなかに完全にできていたそうです。私は書いてみないことにはわからない。ブツブツ口に出して文章がなりたっているかを考えることも。今朝も仕事をしてからここに来たんですけど、その前の2~3行に自分が何を書いたかというのがまずあって、これから書くことと辻褄は合っているのか、文体のトーンはどうか。後者については、必ずしも一致している必要はないんですけど、でも切り替えるべき場所はここでいいのか…まあおもには技術的なことですけどね、書くとき意識してるのは」

この日は下関からの“出張”。でも書く。おじいさんの葬儀の日も書いていた。とにかくなにがあろうと毎日書き続けている。

「普段すごくいいかげんだし、他にやりたいこともやれることもないので、仕事ぐらいはちゃんとやろうと思ってるんです。だから小説を書く場があるというのはありがたいですし、これからも勝ち取っていかなきゃ、生きられませんからね(笑)。やるしかないんですよね」

書き始めたのは20歳のころ。高校卒業以来、就職もバイトもせず実家暮らしで、デビューしたのは33歳。十数年は“仕事”ではなかったのに、毎日書き続けていたのだ。なぜそれができたのか。

「作家になりたかったのに、なり方がわからなかったんです。で、あるとき『徹子の部屋』を観ていたら山田詠美さんが出てらして、“どうやって作家になったか”という話をされてたんです。宇野千代さんが雑誌かなんかに“書けても書けなくても1日1回は机の前に座れ”と書かれたのを読んで、それを守ったと。有名な作家の言葉を守って有名になれたんだから、私もそれを守ればなんとかなるんじゃないかと思ったのが一番大きかったですね。受験とか資格みたいに結果を出すために勉強するのではなく、とりあえず机の前に毎日座れば作家になれるって思っちゃったんです(笑)」

そうして、おおよそ10年かけて少しずつ書いた『冷たい水の羊』で05年に新潮新人賞を受賞。このときの「最終選考に残った」という、編集部からの連絡が何よりもうれしかったという。

「自分が書いたものを誰かが読んでくれていた、という確証を得たので。もちろん応募しているから読んでるとは思うんですが、ひょっとしたら読まずに捨ててるかもしれませんよね(笑)。ましてや僕は手書き原稿ですから…」

デビュー3年めに『蛹』で川端康成文学賞を、作品集『切れた鎖』で三島由紀夫賞を受賞し、昨年、5度目のノミネートで『共喰い』が芥川賞を受賞。文芸に明るい者によると「田中慎弥もはや安泰」。

「とんでもない! ありがたいことに印税は増えました。去年は一昨年の10倍。ですが、今年はまた元に戻る予感がしております(笑)。安泰どころか。仕事なんだから、書いていかないと死んでしまいますよ!」

エッセイなどでの口(?)癖だ。

「どんな仕事でも同じだと思いますよ。自分自身に跳ね返ってくることです。後で読んだときに“ここはちょっと手ェ抜いてんな”って思う部分に出くわすとイヤだから。ものすごく大変ですけど、ムチャクチャなことをしているとは思いません」

でも、そんななかに、野望みたいなものもあるでしょ?

「今までよりも読みやすい、読者を意識したものを書かなきゃいけないかなと。あとは海外でちょっとでも読まれればなあと…」

1972年、山口県下関市生まれ。高等学校を卒業後、大学受験に失敗して以来、一切仕事をせず実家で執筆。05年、『冷たい水の羊』で第37回新潮新人賞を受賞し、デビュー。07年『図書準備室』、08年『切れた鎖』、09年『神様のいない日本シリーズ』、11年『第三紀層の魚』で芥川賞候補となり、12年『共喰い』で受賞。08年には『蛹』で第34回川端康成文学賞を、この作品を収録した『切れた鎖』で第21回三島由紀夫賞を受賞。2年半にわたって『群像』に連載した『燃える家』が今年6月に完結、現在は「近未来の独裁国家のようなものが出てくる幻想的な作品」を執筆中

武田篤典(steam)=文
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