日本の食を変えるお手伝いができれば。 ― 黒木 純、おかずの本を出す。

黒木 純

2015.03.26 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 SACO=写真
和食の真髄を知る
男のいう「おかず」

制作に1年半を費やした『くろぎのおかず』という本が出る。『くろぎ』は湯島にあるミシュランで星を取った和食の店だ。席の予約は3カ月から半年待ち。店主の黒木 純は弱冠36歳で、『アイアンシェフ』というテレビ番組の「和の鉄人」を務めた。若くてルックスも良くてメディアにも露出していて、今回はレシピ本のパブリシティ? …というところで、読者のみなさんの彼への印象も大体決まったのではないだろうか。

だがそれは間違っている。

―そもそもどういう経緯で本が出ることになったんですか?

「料理人が本を出すなんて自己満足でしかないと思ってたんです。定価5000円とか1万円の重い本で、キレイな料理写真を大きく載せる…そんな“料理の写真集”に何の意味があるんだろうと思っていたから、やる必要は感じませんでした。そんななかで角川のOさんとお知り合いになりまして、“リアリティのあるおかずの本”という言葉にグッと来たんです」

―おかず。

「はい。テーマは、家庭で白いごはんに一番合うおいしいおかずをちゃんと作る、ということです。だから、ご家庭で手に入る魚の質や器具では、実はおいしく調理できない、ということまで書きました」

―おかずって、普段のお料理とは違いますよね? どんなふうに考えてらっしゃったんですか?

「最初は初著書ということもあって肩に力が入ってたと思います。料理の1ジャンルとして“おかず”を定義づけて、うちで出しているコースの一品を簡単にしたようなものを出していました。それが撮影を重ねるうちに変わってきたんです。制作のチームが来るのがちょうどお昼ぐらいなので、自然と“今日はこの人たちに何を食べてもらおう”って考えるようになって、途中からは“何がおかずなのか”を考えるより、“この人たちは何を食べたいのか”と思って作るようになったんです」

―つまり、毎回がおかずのライブ。

「そうですね(笑)。でも途中で私の師匠である『京味』の大将(西健一郎さん)からアドバイスが寄せられたんです。つまり“おかずは鍋ひとつ”だという。家庭ではたくさんお鍋を使って料理できないので、手軽さも意識しないとダメだと。それでまた変わりました。この本に関わった1年半の間に、すごく成長したような気がします」

―結構シンプルに驚いたのが「ごはんの炊き方」でした。洗って水を切ってから研いで、水に浸けてさらに水を切ってから炊く、という…。

「でも日本では弥生時代からやってることですからね(笑)。お米の浸水と使うお水に気を使ってさえいれば全然違うごはんが炊けますよ。実はお米って、最初に触れるお水を80%ぐらい吸収してしまうんです。だから最初に水道水で洗うとその味になる。そこで軟水のミネラルウォーターを使ってやるだけで全然違うんです。あとはきちんと圧力のかかる炊飯器で炊くこと。私は土鍋が一番うまく炊けると思ってます(笑)」

―そこでひと手間かけるかどうかが、味に反映されると。

「はい。実際、お米をミネラルウォーターで洗うのに何秒かかるのかという話です。お米にかぎらず、ひと手間かけることでこんなにもおかずはおいしくなるんだよということを、この本から感じ取っていただきたいんです。私よりも下の世代になると、実際“おふくろの味”ってなかなか体験していないんですよね。ファストフードやファミレスが認められ、冷凍食品がすごくおいしくなり、それらが普通に受け入れられてきた世代ですから、下手したらその辺が基本の味覚になっている恐れがあります」

―黒木さんって、『くろぎ』のご主人じゃないですか。そんな、ある1軒の料理屋さんがそこまで意識するのはなぜですか?

「不安だから。今はおふくろの味という、日本料理の基準を持った方々がお客様として来ていただけますが、これから20年30年たったとき、お客様が何をおいしいと思う食育をなされてくるのか、今のままだとまったくわかりません。だからそこを少しでも自分で変えていくお手伝いができればと思ってるんです」

一本筋の通った料理人が
目指す和食の将来とは

―料理人になったころって、お店で少しでも上のポジションに就きたいと思うでしょうし、いずれは独立したいと思いますよね? それが、日本の食育をイメージするような視点を持つのはなぜですか?

「たいがいは、独立して自分で自分のビジネスとしてお店を開くのがゴールだと思いがちなんですが、そこからが実は本当の戦いなんです。開いた店を流行らせ、自分の欲として“和食=くろぎ”といわれるようになりたいと思うようになる。それができてきたら今度は、ふと、“何のために料理人になったんだろう”って考え始めるんですよ。それで、決してビジネス的に成功してお金を儲けるためではないよな、と」

―ただ、そのあたりのタイミングがヤバイんじゃないですか? “和食=くろぎ”というイメージが浸透したら、コンビニでお弁当をプロデュースしたり、黒木さんの顔をプリントした食品を出したりするオファーとかが来ますよね?

「ありますね。そこは自分でピックアップしていかなくてはならないんですが、僕の場合は、わりとシンプルです。要は“どう見せるのか”。『くろぎ』が貫いてきた価値観に反するような話はお断りします。お断りできないような、たとえばお客様が入らなくて苦しい時代からずっと通っていただいている恩義のある常連の方からのお声がけなんかについては、与えられた環境のなかでとにかくベストを尽くす」

―そのひと手間があったから、これまで大丈夫だったんでしょうね。

テレビとか一攫千金のビジネスチャンスに浮かれれば、たぶん料理人としての価値観ってグラングランになるような気がするんですよ。「そういう料理人さんもいますからね。ビジネスとして成功しても、職人として大切なものを失ってしまう気がして僕はやりたくないと思っていました。ヘンな話、自分の顔写真を1枚提供して、何かに貼り付けて売るだけで、料理を作るよりもはるかに多額のお金が入ってくるって聞いたんですけど、それは絶対にやりたくないです」

―料理ではなくて、そういう意味でのお手本の方っているんですか?

「いるとしたらひとり…(テーブルの弊誌バックナンバーを指す)」

―あ、ジョエル・ロブション!

「料理人の地位を底上げした人なんです。ロブションの下で働く一流シェフの待遇を、他業種のエリートに負けないものにして、料理人ってすごいんだぞということを世間一般にパブリシティしてくれた張本人。アラン・デュカスや『エル・ブリ』が革新的なことをできたのもロブションあってのことかもしれません」

―今、黒木さんはお店に立つ以外にどんな仕事をされてるんですか?

「レストランや食品にまつわるプロデュースやコンサルもやってますよ。たとえば、この秋からお手伝いさせていただく予定の航空会社の機内食。食事でもっと喜んでいただきたいという発想で自由にやらせてもらっています。昼間は他のお店に食べに行って勉強したり、刺激をいただける方とお会いしたり。もちろん厨房には開店から閉店まで必ず立ちます。何があってもその時間は守りたいと僕は思っています。でもプライベートと仕事の境界はあいまいかな。たとえば趣味で釣りに行きますけど、どうしたらいい魚が釣れて、神経締めができていい刺身になるか…って、趣味なのか仕事なのか(笑)」

―ずっと料理が好きな子だったんですか?

「好きでしたよ。けど、好きだけじゃダメですね。どれだけ好きで努力しても達成できないことがあるんです。厨房で料理ばっかりしててもどこかで頭を打つ。僕らにはチャンスが毎日あって、それは“人と会う”こと。お客様に向き合うと、料理人は気持ちを料理で表現できるんですよ。そこに気づいたもん勝ち。その人がその日何を食べたいのか。この間あれを食べてもらったから今日はこっちを食べてもらいたい…そう思うのか、いつもどおりの自分の料理を出して満足してるのかの違いなんです」

―6月にはお店を移転されて、キャパを半減されるそうですね?

「そういうパフォーマンスの限界を、今の席数では感じるようになってしまったので。全部自分の目の行き届く範囲でクリエイティビティを出せるようにしたいと思って」

―ますます、予約が取りにくくなりますね。

「料理屋を始めるときに、おかしいんじゃないか、と思った店が“一見さんお断り”だったんです。そんな店本位な…と思ってたんですけど、自分で店を始めて6~7年過ぎるとわかるんですよね。常連さんにおいしいものを出せる自分がいるわけです。好みがわかるし経験も共有できます。気持ちに寄り添った料理をお出しできる。初めてのお客様とはまったく違うんです」

―その精度を上げたいと。

「そうですね。実は料理人である自分と経営者としての自分が、しばらく戦ってたんです。結局、経営はプロに任せて自分は料理に専念することを決意しました。もし経営者の頭なら席数の半減はない、でも料理人とすれば、今よりももっと目の行き届く席数でお客様をもてなしたい。どっちなんだと自分自身に問いかけたら、答えが自ずと出たんです。もちろん料理人であることを選んで、より実力を披露できる場を作るからには、これまで以上に評価されないといけない。それだけじゃなくて、うちの店からきちんと和食の良さを伝えられるスターが出れば、いうことはないですね」

1978年、宮崎県生まれ。割烹「此のみち」を営む両親のもとに生まれる。高校卒業後、新橋の日本料理店「京味」で西健一郎氏に師事。2008年、『湯島121』を開店。10年、店名を『くろぎ』に。11、12年とミシュラン1つ星を獲得。予約半年待ちともいわれるディナーは極めてベーシックで骨太な和食を。ランチはなんと1000円で、原価率500%超えの鯛茶漬けを提供。こちらも予約困難。夏に芝大門に移転予定。www.kurogi.co.jp/

武田篤典(steam)=文
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