我が身を犠牲にしても子を救うなんてキレイごと?

平野啓一郎「親の愛を疑っていた」

2015.05.30 SAT


ひらの・けいいちろう 1975年生まれ。小説家。京都大学在学中に執筆した『日蝕』で芥川賞を受賞。以降、『決壊』『ドーン』など数々の小説やエッセイ集を発表している。妻はモデルの春香。2児の父。近著に『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』。朝日新聞に『マチネの終わりに』を連載中。
「親にとっては自分より子供の命の方が大事で、危機的な状況では自身を犠牲にしてでも子供を助けるっていう美談があるじゃないですか。僕、独身のときは絶対にそれはきれいごとで、いざとなったら子供を蹴落としてでも自分が助かろうとするんじゃないかと疑ってたんですよね」

小説家・平野啓一郎さんは、3歳の女の子と1歳の男の子を育てる父親だ。もともと大の子供好きというわけではなかったし、今も根っこのところには「自分は自分、子供は子供」という思いがあるという。

「ただ、子供が生まれると、親が子を優先する気持ちがなんとなく理解できた。自分の遺伝子の半分は子供にうつされていて、明らかに自分より寿命が長いとわかっている。すると、子供の方が長生きすべきだという気持ちが自然と起こるのかなと」

平野さんは1歳のとき、父親を36歳の若さで亡くしている。

「父がゴルフのスイングを撮った8ミリフィルムが残っていて、それが動いている父を見た唯一の映像。あとは、母から聞いた話や写真でしか父を知りません。どういうふうに僕に接してくれたのかがわからないから、自分がちゃんと父親になれるのかと考えたこともありました」

平野さんは「僕は育ちが特殊だった」というが、自分の子を愛せるのか、育てられるのかという不安は、多くの独身者が抱くものだろう。

「でも、案ずるより産むが易し。娘が生まれるとやっぱりかわいいし、日々しなきゃいけないことがたくさんあるから、必要に駆られて子育てをする。それに、生まれたての子供のおしめを替えたり、風呂に入れたりすると、自分もこういうことを父親にしてもらったんだなってわかってきました。当時同じくらいの年齢だった父の気持ちを類推できるようになり、僕が子供の頃の空白の記憶が、父親になったことで埋まったような気がします。まあ、僕が生まれた頃はまだ紙おむつがなかった時代なので、今よりずっと大変だったと思いますが」

子供が生まれてからは、保育園に預けている間が仕事のコアタイム。18時から子供が寝つくまでは家族で過ごす。時間やお金の自由は減ったが、それほどストレスはない。長女はまだ3歳。この先の方が、育て方は難しくなると感じている。

「僕のまわりでもお受験の話題が増えているけれど、これから先は教育問題や、どう社会を生きていくかという問題が出てくると思うんです。役に立つ勉強で競争するなら頑張りなさいと言えますが、あまり意味のない競争が過剰になっている気がする。そんなことに親子で巻き込まれていくのかと思いながら、はたして東京で子育てすることがいいのかを含めて、様子見しているところです」

平野さんの小説やエッセイは、中学・高校の教科書や入試問題にも使われている。マンションの住人から「息子の問題集に出てましたよ」なんて言われたこともあるそうだ。お子さんたちが、ゆくゆく平野さんの作品を読むことについては…。

「独身時代に書いた『顔のない裸体たち』(※出会い系サイトで知り合った男女がネット上にセックスを公開する話)みたいな小説もありますから、年頃になった娘や息子が読むと、僕のイメージが相当変わるでしょうね(笑)。希望を込めていうと、親があまりに真面目で世間知らずだと、困ったことに巻き込まれても相談しにくいんじゃないかな、と。世の中の暗部までカバーしているとわかれば、何かあったときに相談してくれるかもしれない。そうやって、できるだけ都合よく考えるようにしています。
(宇野浩志)

  • 『透明な迷宮』
    平野啓一郎
    新潮社
    1620円

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