マキタスポーツ「理想とするエンターテインメントがある」

マキタスポーツ

2016.01.21 THU

ロングインタビュー

マキタスポーツ
1970年山梨県生まれ。ミュージシャン・俳優。大学卒業後、社会人を経て28歳で芸能界入り。マキタ学級として2006年にアルバム『マキタスポーツの金もうけ』などをリリース。12年に映画『苦役列車』に出演し、ブルーリボン賞新人賞ほか受賞。「NEWS」加藤シゲアキ原作・行定勲監督の『ピンクとグレー』(公開中)に、人気コミック原作の『アイアムアヒーロー』(4月23日公開)などに出演。「マキタスポーツpresents Fly or Die」のアルバム『矛と盾』は1月20日、日本コロムビアより発売。1月27日からマキタスポーツ名義での東名阪ツアーを展開。「マキタスポーツ presents Fly or Die 『矛と盾』発売記念ツアー」は3月5日東京『渋谷WWW』から開催。http://makitasports.com/
油断していると、そこにいる。肩書きは「ミュージシャン・俳優」。その多彩さ、多才さはの解説はプロフィールに譲るとして、今年から第一の肩書きがより本格化していきそうな勢いだ。2001年にバンド「マキタ学級」を結成しコンスタントにライブを行ってきた。複数のライブハウスを使った自前のフェスを満員にし、これまでシングル1枚・アルバム3枚をリリース。昨今のテレビとは違うベクトルでも活躍してきたのだ。で、マキタスポーツは昨年、日本コロムビアとメジャー契約を締結。音楽活動にブーストをかける「マキタスポーツプロジェクト」というものが始まるらしい。そのスタートに選んだのが「マキタスポーツpresents Fly or Die」。フルアルバム『矛と盾』が、完成した。

――「マキタスポーツプロジェクト」ってどういう経緯で始まったんですか?

「バンド活動をするなかでインディーの暮らしが長かったんですが、コロムビアさんから“マキタスポーツというアーティストを売っていきたい”というお話があったんです」

――それはすばらしい! でもマキタさんご自身にも「音楽に力を入れたい」っていう意思はあったわけですよね?

「僕は真剣に、自分が面白いと思うことをやってきました。理想とするエンターテインメントの形が確立されてきていて、ライブでも来てくれるお客さんにはやればウケてきた実感もありました。でも、インディーでそれをやり続けることの限界をこの何年か痛感していまして。経済的な部分もあるんですが、僕をずっと支持してきてくれたのは、いい意味でもちょっとマニアックなお客さんたちで。同じ所でどれだけ声をからして“僕はここにいるよ”と叫んでも、それ以上に広がらないんですね。それで、自分の面白いと思うことをもっと大きなステージでやったり、これまで僕が出会ってこなかった人たちに向けてやったらどうなるんだろうって。単純な下心というか、自分のなかのベンチャー精神といいましょうか」

――その思いは結構声高に発信してこられました?

「そのつもりではあります。僕の場合はやってることもマニアックだったし、世代も風貌もトータルで見ると、今どきの子たちに対して商品になりそうなものとは違うので。業界関係者がたむろしているような場に積極的にコミットするような外交はしてきました(笑)」

――で、コロムビアさんから声がかかって動き始めたわけですよね。なぜ第一弾が「Fly or Die」になったんですか?

「これはもともと『ゴッドタン』の『マジ歌選手権』から発生したノベルティ性の高い“おもしろげな企画”だったんです。僕らみたいなおじさんが化粧してヅラかぶってヴィジュアル系っぽいステージをやるっていう“そんな企画なんですよ、面白いでしょ?”っていうところから始まったんですが、それだけでは済まない部分もありまして。僕自身、化粧してステージに立つことで、心のある部分にブーストがかかって、心底カッコつけられることに気づいたんですよ」

――形から入ったら、本質が変わっちゃったみたいなことですか。

「だからこの1年ぐらいライブやってるんですが、結構ノリノリです」

――お客さんのほうも、普通にノリノリですよね。アルバムの方も「残響 FANATIC BRAVE HEART」みたいな、いわゆるマキタさん的な「V系アニメソングのパロディー」もありながら、べつに「元ネタがコレ」みたいなことを指摘したり考えたりしなくても普通に楽しめる多種多様な品ぞろえですね。

「ヴィジュアル系的な様式美は楽曲の中に盛り込んだりもしてますけど、20曲以上つくったストックのなかから、本質的に今歌いたいものを選んでアルバムにしました。前作の『推定無罪』っていうアルバムでは、音楽作りの方法論ごと見せる曲もかなり入れましたが、手法はもはや今、僕の打ち出したいポイントじゃないんですよ。楽曲構成とかよくあるコード進行とかそういうことを気にせず、今回は、間口を広くつくりました。誰もが楽しめる作品にしたいと思ったんです。でも実はそれって矛盾してるんですよね」

――とおっしゃいますと?

「今の時代って、音楽のみならずあらゆるジャンルが細分化されていて、お客さんはそれぞれ自分の好きなものを見つけてそこに安住する、みたいな構図があるじゃないですか。僕もそういう中で活動してきました。そんな状況で“誰もが楽しめる”なんて実際には虚構でしかないと思うんです。だからこそむしろ、そこを目指すほうがかっこいいんじゃないかと。矛盾っていうのは僕のものづくりのテーマでもあるんです。なんでも白と黒を付けたがる風潮を気持ち悪いと思ってますし、『一億総ツッコミ時代』っていう本を書いたんですが、ネットとかのツールを使って誰もが無責任に他罰的にツッコミを入れていくのが現代だとすれば、僕は逆のスタンスを取りたい。“それぞれでいいじゃん”っていうのがエンターテインメントの現状なら、“よくないよ、みんなで遊ぼうよ”っていうのが僕のカウンターであり、表現のツボなんです。昔は単に反発心みたいな感情をモチベーションにしてたんですが、どうも本質的に善悪や白黒を超越したようなものに惹かれるきらいがあって。あらゆる表現に関して、みんなが盲信している価値観が転倒したり、ものの価値そのものが紊乱(びんらん)していくところにグッと来るんです」

――マキタスポーツが「Fly or Die」をプレゼンツするのもそういうことですか。

「もともと『おかあさん』っていうヴィジュアル系を題材にした曲をマキタ学級で15年ぐらい前からやってたんです。それはニュートラルなマキタスポーツのまま歌ってて、お客さんが笑いながらもノッてる現象を目の当たりにしてきたんです。僕自身も歌ってて気持よくて、これはおかしくなるようなテンションで突き抜けてやるほうがいいとは感じてました。でも突然バンドのメンバーに“明日からヴィジュアル系になってくれ”とはいえないじゃないですか」

――ご自身のバンドでもそういうもんなんですか。

「そうですよ。奥さんにいきなりセーラー服着てくれっていうようなもので。そこに『ゴッドタン』から声をかけていただいて、構想が実現したんです。バンドのメンバーには“『マキタ学級』は自分たちの白面、『Fly or Die』は黒面だと考えて、パラレルで面白くしていけそうだから”って説明して」

――なるほど、両面持ち合わせることで…。

「みんな面白がってくれました。セラピーの手を入れることで、奥さんにセーラー服を着せることに成功して、マンネリ化していた夫婦関係が改善したみたいなことで、僕たちって習慣とか行動に縛られて、自分たちだけではなかなか思い切ったことはできないんですよ。そういう時には外圧が大事。不慮のことを起こしていったほうがいいんですよ。自分の内側からだけで何かを変えようっていうのは虫がいい話。僕は自意識の塊のような表現活動をしてきました。自作自演は一生やるつもりですが、今は、自分のやることに関してあまり執着を持たないでおこうと思っています。前はね、自分の面白いところは自分が一番わかっていると思っていて、他からとやかくいわれることはすごく嫌だったんですけど、俳優の経験が大きかったですね。右も左も分からない現場で監督に求められるがままにやる、という経験。あと、去年の夏のこのアルバムの制作。ドラマとかの撮影は外してもらったんですが、テレビやラジオのレギュラーと平行してやってましたから、それぞれの仕事に心を残しながらやると、それぞれに良くない影響が出るということを実感したんです。だから仕事ごとにスパスパ頭を切り替えながら取り組みました。そういう意味で、無責任でいるっていうのはなかなかいいものですよ(笑)。だからね、今このアルバムのインタビューをいっぱい受けてるんですけど、“どういう思いでこの曲をつくりましたか?”とか“方法論は?”とか聞かれても、実はあんまり覚えてないんですよね(笑)」

武田篤典(steam)=取材・文/SACO.=撮影

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