『悪人』『怒り』など人間を巧みに描く映画監督

李相日「25歳までは逃げ続けてもいいんです」

2017.02.24 FRI

ロングインタビュー
李相日
り・さんいる
1974年新潟県生まれ。大学卒業後、日本映画学校に入学。卒業制作で監督した『青〜chong〜』(1999年)が、「第22回ぴあフィルムフェスティバル」においてグランプリを含む4部門で受賞。映画監督としてのデビューを果たす。その後、村上龍原作・宮藤官九郎脚本による青春映画『69 sixty nine』(2004年)で注目が高まり、福島県の常磐ハワイアンセンター(現・スパリゾートハワイアンズ)での実話をもとにした『フラガール』(2006年)では第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞・監督賞を受賞。『悪人』(2010年)や『怒り』(2016年)でも高い評価を受ける注目の映画監督
それは、今から2年前のこと。2015年にバンド結成30周年を迎えたザ・ブルーハーツ。その楽曲を、6人の監督が自由に解釈して映像化した6つの作品からなる映画『ブルーハーツが聴こえる』が完成した。一刻も早い公開が待ち望まれていたが、ついに今春のお披露目へとこぎつけたのだ。そういうわけで、監督のひとりである李相日さんが「ちょっと前の話になっちゃったから、いろいろどうだったっけ?」と当時を振り返りながら話すのも無理からぬこと。ならばついでにと、ずいぶん昔の思い出まで引っ張り出していただいた。記憶は、ザ・ブルーハーツの曲と初めて出合った中学2年生のときまでさかのぼる。

「当時のザ・ブルーハーツでとにかく覚えていることは、“カラオケに行くと必ず誰かが歌うバンド”ということ(笑)。正直に言うと、すごく聞き込んだとまでは言いづらいのですが、音色も歌詞もすごくメッセージ性が強くて、ラブソングでさえも自分の中にある“何かに抵抗する気持ち”を煽ってきました。だから、どの曲もずっと自分のそばにあったという感覚は覚えています」

同じ曲を20代半ばで聴いたときは、ずっしりと重みが加わった。

「中学生や高校生では、ザ・ブルーハーツが歌う“抵抗”を家や学校などすごく狭い範囲でとらえていた気がします。でも、大人になって現実や社会が見えてきてから聴くと、あの“抵抗”は、もっと広く大きなものへ訴えていたんだとわかりました。音も歌詞も感じる重みがまったく違ってきましたし、よりダイレクトに煽られるようになりました」

“抗う”気持ちを煽る歌を、心に留めていたあの場所へ

そして、初の出会いから二十数年。40歳を間近にひかえた頃、楽曲の映像化という形で、李さんはいよいよとザ・ブルーハーツとどっぷり向き合うことになる。日本を代表するロックバンドの楽曲を表現する舞台として選んだのは、なんと福島だった。

「震災後、福島原発の近くまで行きましたが、放射線量の問題で迂回ルートから遠巻きに見ることしかできなかったんです。それでも、異様な雰囲気は十分伝わってきました。福島県は『フラガール』でも訪れていますが、だから『福島県には思い入れがあるんだ』という綺麗事ではなく、このまま見過ごすわけにはいかないという強い縁がある場所なんだなとあらためて感じましたね。中途半端に手をつけることはできないから、映画を作ることでしか関われない。そう考えていた矢先にこのオファーがあり、ザ・ブルーハーツの強い存在感なら“フクシマ”と共存できると思ったんです」

作品の内容を決めると、李監督いわく「なんとなく寄り添ってきた」曲が、「1001のバイオリン」だったそう。やはり、あの歌詞にビビッときたのだろうか。

「いや、『1000のバイオリン』の頃から何度となく歌詞を聴いてきていますが、実を言うと、最初の『ヒマラヤほどの消しゴムひとつ』とはどういう意味なのか、いまだにはっきり掴めていないんです(笑)。巨大なヒマラヤとミクロな消しゴムを並べたあのフレーズが、時間や時空を超えてしまっている面白さは感じているんですけどね。歌詞全体で見ると、すごく風刺が利いていて批判性も高い。けれど、耳心地のいい楽曲へと高められている。曲が持つそんな雰囲気と映像の内容が、どちらからともなく自然に近づいたという感じでした」

言われてみればである。主人公は、福島第一原発の元作業員。震災後、一家は福島を離れて東京に移住する。妻子が新しい生活に慣れていくなか、主人公だけは就職先も見つからず、家庭内でも孤立を深めてしまう。狭いマンションに押し込められるように暮らす一家。移住生活3年目を迎えてなお、福島弁を通し続ける主人公は、震災後に行方がわからなくなった飼い犬を「天国で幸せに暮らしている」と割り切る息子にも、かすかな苛立ちを覚えてしまう。行き場のないくすぶり感ややるせなさが、見ている側にまで重くのしかかってくる。

と、冒頭からなんともやりきれない李ワールドにどっぷりと浸かってしまい、劇的な解決なんて奇跡も起こらないのだが、それでも最後はどこかスカッとした一条の明るさを感じさせるのだ。そう伝えると、李監督は「それこそ歌の持つ力じゃないですか?」と即答。

「わかりやすい希望なんて本当はどこにもない。でも、自分の良心を掴み直すことで見えるものはある。それを“希望”と呼ぶかどうかは人それぞれだと思いますが、こうしたことを伝えるために歌が担った役割は大きいですね。短編映画では、長編の2~3割しか言いたいことを盛り込めない感覚ですが、本作は『1001のバイオリン』の曲があったおかげで、7~8割まで盛り込めた気がします。普段は、映像の撮影中に音楽のことを片隅におきつつも、撮影後にしっかり作り上げることが多いので、歌の世界観を身近に感じながら映像を撮るのは新鮮でしたね」

短編映画ながらも、世の中の不条理やそこでもがく人間の生き様を丹念に描く李さんの真骨頂が十分に発揮された作品に仕上がったのは、こうした歓迎すべき化学反応がいくつも起こったからといえるだろう。

壮絶な重圧のなかで向き合い続けた自分自身の欲求

「作品を撮る前は、撮り終えたら自分がどうなるかなんてまったく想像がつかないです。成功するかどうかも見えないし、仮にいい結果が出たところでどこに向かうかもわからない。だから、作品ごとにターニングポイントを迎えていると言えますが、環境がそれまでと一変したという意味では、やはり『69』は忘れられません」

李さんが28~29歳の頃の作品だ。前年までに監督した長編映画は、わずかに1本。しかも低予算。それがいきなり、予算が10倍に増え、役者は有名俳優ばかりという映画を撮ることになった。いわゆる“メジャー”デビューだ。

「僕の力というより、そういうステージに引き上げてくれた周囲の方々のおかげですが、引き上げられたというか、放り込まれたという方が正しいかな。もちろん、いずれはそのポジションに行けたらと望んでいましたが、あくまで5年、10年と経験を積み上げた先にあると思っていたので、自分の中の準備はまったくできていませんでした。物怖じしなかったかって? そんな余裕もないんです。完全に自分のキャパシティを超えたことをやらなければいけなかったので、とりあえず目の前のことをどうするか、常に追い立てられていました。目の前にあること、目の前にいる人たちを見ると、怖じ気づいているとかプレッシャーがあるとかいうことは、まったくわからなくなる。そして、突然、体にくるんです」

なんとクランクインを目前に胃けいれんを発症し、緊急入院。それまでにも体からの不調メッセージはあったと思われるのだが、「途中はまったく思い出せない」と言うから、壮絶な重圧だ。こうしたなかで見えたことは、「いちばん大事にしなくちゃいけないことは、自分の欲求に忠実になること」だった。

「プレッシャーとか、周りがどう思うかとかを気にするのではなく、自分がこうしたいと思うことだけを追求していけるかしかない。それが見えなくなってしまったら自分を見失ってしまうから。自分のしたいことを実現するために“どうしたらいいか”は、いくらでも他人に聞けます。でも、自分が“何をしたいか”だけは誰にも聞けないし、誰も教えてはくれません」

逃げるだけ逃げたら、自分のやりたいことに忠実に

腹が据わったのか。それとも、いつ逃げ出してもおかしくないプレッシャーの中で踏みとどまれたのは映画愛ゆえ? それを問うと、李さんは思わず一笑。

「なんだかかっこよさげなことを言いましたけど、今でも逃げたいときはいっぱいありますよ(笑)。そもそも映画監督を選ぶまでは逃げっぱなしの人生でしたから。大学卒業後に入学した映画学校も、映画監督になりたいからというより、“すぐに働きたくないし、なんとなく映画の方向に進みたいから、学校に入っとけばなんとかなる”という漠然とした思いだけでしたし。そうこうしていたら、監督として活動し始めた20代半ばでは、もう逃げ場がなくなってしまった。だから強い意志で踏みとどまったというよりも、それしか選択肢がなかったという方が正確です。まあ、人間、遅かれ早かれ逃げられないところが来ますから、25歳くらいまでは逃げ回ってていいんじゃないですか?(笑)」

「逃げ回るも良し」とは、ストイックな印象のある李さんの発言とは思えない、やんちゃな一言。そして、微笑みながらおだやかに語り続ける。

「逃げられないところが来るのか、行くのか、連れて行かれるのか。いずれにせよ、そこで見失わないためにも、自分の欲求に忠実になることが必要なんです。さらに、一度見つけられたからといって、将来もずっと自分の欲求を見失わずにいられる保証はどこにもない。自分がしたいことは何か。その問いはずっと続いていくんです。今もこの先もずっと」


知井恵理=取材・文/春日英章=撮影

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