「ビジョンある暴走をせよ」

デーモン小暮閣下

2008.01.31 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 森山雅智(vacans.inc)=写真 photography …
洋楽カバーのさらにカバー。閣下、女性ボーカルを歌う

昨年1月にリリースしたアルバム『GIRLS’ ROCK』は1980年代から90年代の女性ロックシンガーの曲をカバーしたもの。この好評を受けて、第2弾『GIRLS’ ROCK√Hakurai』が発売された。今度は、80年代を中心に日本の女性シンガーたちがカバーした洋楽をさらにカバー。そう、“舶来”だ。

「吾輩も第2弾をやるであろうことは勘づいていたよ(笑)。前作は“80年代半ばから90年代の女子たちが、日本で作って歌ったロック”というテーマだった。が、スタッフみんな、まったく同じカテゴリーのものをやるのは面白くないと思っていたのだ。選曲するのにけっこうな曲数とアーティストから絞り込んだからな。同じテーマだと、前回選んだ11曲よりも下位の曲なのか、ということになってしまう」

ボーイズだとか洋楽そのままだとか、様々なアイデアが出されるなかで、ふと麻倉未稀の「ヒーロー」に目が行く。84年の映画『フットルース』でボニー・タイラーが歌った「Holding Out for a Hero」のカバー。わが国では85年のドラマ『スクール☆ウォーズ』のテーマソングとして知られるあの曲だ。

「洋楽を女の子がカバーし始めたのがそのころ。それまではカバーといっても、シャンソンの越路吹雪とかカーペンターズみたいなポップスだった。原曲にロックなテイストが入っていて、なおかつ日本人女性がカバーしている曲は、これ以前は稀少だ。だから選曲も、時代的には前作と近くなったのだろう」

ただ、曲への入り込み方という意味では前作と大きな違いがあったという。

「前作は日本の女の子が自分たちで作って歌ったオリジナルの歌。だから、その人が世の中をどう見ていて、何を考えているかが歌の内容に投影されていた。その人のキャラクターと世界観をなるべく壊さないようにしようという感覚があった。ところが今回は、カバーをした人たちが作った曲ではない。なおかつもともと英語だった詞を誰かプロが日本語にしたモノを渡されて歌っている。いわば産業音楽なわけだ。そうなると、カバーをしていたWINKや森川由加里という人たちの顔はあんまり関係なくなるのだ。むしろ、詞を訳した人や原曲を作った人など、スタッフ側に気持ちが行く感覚だった。歌うときにも自分が主演女優になるというより、演出する側の感じだったな」

閣下は語る。淀みなく清々しく。“産業音楽”と笑いながら口にする。

99年(魔暦元年)までは“地球征服”という命題があった。それにのっとり、頑なに音楽に接してきたという。悪魔教の布教をかねてバンド活動を始めたのは82年、10万20歳ごろのこと。

10万39歳にして迎えたターニングポイント

「聖飢魔IIとして地球征服に向かっていたときは、“音楽が世界を変える”という意気込みを常に持っていた。自分の主義主張を音楽に投影させて、聞いた人がそれに共感するだけでなく、行動することを主眼としていたわけだ。99年の地球征服完了をもって吾輩はソロになるんだが、2作目までは同じスタンスだったな。でもそれは難しいことに気づいたのだ。メッセージを盛り込んだ音楽が世の中を動かすことは、非常に稀だ。可能ではあるが、想像したとおりのことはほとんど起きない」

わずか6年前のことだ。引退するつもりだった、と閣下は告白する。

「デーモン小暮が、デーモン小暮の存在意義に疑問を持った。それで、魔暦4(02)年の5月以降、全部の仕事をキャンセルして、半年近くアメリカに行った。でもなぜ今もデーモン小暮としてCDを出し続けているのかというと――」

キャンセルできない仕事のひとつにミュージカルがあった。『シンデレラストーリー』という作品で、閣下はシンデレラの父親で魔法使い、ネズミの頭領の3役を演じた。

「それまで、自分で決めていたデーモン小暮像というものがあったのだが、それとは明らかに違うことをそこでいくつかやったみた。するとエンターテインメントという意味で、自分のなかで一皮むけたような気がしたのだ」

そのタイミングでアルバムを作ることになり、閣下はひとつの条件を出した。“全部自分の好きなように作る”。

「バンドはグループの作業で、みんなが了解したことをやっていかないと崩壊してしまう。その延長線上で、ソロで出した2枚も、ずいぶん人の意見に耳を傾け、そこに自分の主義主張を入れ込もうと思ってうまくいかなかった。それでアメリカに行くわけだが…。だから次は、誰も口出ししないならば作ろうと(笑)。そうして、それまでとは違うアルバムを作ろうと思った。エンターテインメントに徹したものを。だが吾輩はずーっとメッセージを込めて音楽を作り続けてきたから――“説教メタル”――と呼んでるのだが、どうしてもいつの間にか詞が説教臭くなる(笑)。これには苦労したな。だがこのとき、納得のいく作品ができたのだ」

このアルバム『WHEN THE FUTURE LOVES THE PAST~未来が過去を愛するとき~』を残し、閣下はレコード会社を移籍するのだが、そこで最初にリリースしたのが、昨年のカバーアルバムだったのである。

「デーモン小暮のアイデンティティーを盛り込むという考えを捨てる作業だったのだ。人が作ったものをどうやって自分で演出するか。よりエンターテインメントに集中した状態の活動をしようと思ったのが前作であり、その流れのうえにいまがあるのだな」

まさに進退をかけたブレイクスルーを、ごく最近に経てきた閣下なのだ。

「吾輩にはわりと、壁にブチ当たったりしたときどうすればいいのかを、見つける才能がある気はするね。聖飢魔IIが23年前にデビューしたときに、ほとんどすべての人に一発屋だと思われたわけだが、テレビなどに出演しながらなんとなく乗り切ったし。吾輩、フジカラーのCMで大評判を得たのだが(笑)、スーツを着て、家庭のなかでパパと呼ばれるようなシチュエーションで、それまでは“あり得ない”と思っていたことをゲラゲラ笑いながら引き受けたことがブレイクにつながったりとか」

それで何かを変えようと考えたのではない。風を感じたままに進んだだけ。

「フハハハハ! 風! カッコよく言うとそうだな。25歳くらいだと、イケイケで体力もあるし頭の回転も人生のなかでいちばんいいころだろう、きっと。だから暴走してもいいと思う。ただ、そのときに、“ビジョンを持つ”。何が待ちかまえるか知らずに突き進むのは、ただの暴走。“きっとこういうことになるだろう”という想像力を働かせたうえで突き進む…吾輩、“説教メタル”の時代には“失敗を恐れずに勇気を持って立ち向かえ”とかいう歌詞を書いていたんだろう。今は、“ビジョンのある暴走”。フハハハハ! エンターテインメントだな(笑)」

閣下はアメリカ生活中、世界十数カ国を視察した。実際に自分でそこに行かなければ、知ったことにはならないという確信をもった旅だった。きっかけは97年の香港。中国への返還前夜、日本のニュースでは反対派のデモが活発化しているさまを盛んに報じていた。

「返還の3日前くらいに行くと、お祭りムードに沸いてるわけ。イメージとしては、98%くらいの人が喜んでいて反対派はどこにいるのかわからない。それが現地で得た皮膚感覚だったのだ。テレビで観た世界の風景と、実際にそこに行ったときとでは、まったく受ける印象が違う。発展途上国のマーケットなんかは、画面で見る限り朝から活気にあふれてるけど、実際にはすごい悪臭がたちこめてたり。絶景の場所だって、行くのにすごく苦労するし、空気が薄くて大変だとか。自分で行って体験することは、これだけ情報があふれてるいま、とても大切なことだと吾輩は思う」

そしてもし、これを読んで“いいこと言うよね”と思ったら…。

紀元前98038年11月10日生まれ。早稲田大学社会科学部在学中の10万20歳のとき、聖飢魔IIを結成。3年後、地球デビューを果たし、99年12月31日まで活動。この日の地球侵略完了をもって、バンドは解散。ソロプロジェクト「!」(エクスクラメイション)でマキシシングルとアルバムを1枚リリースの後、ソロアーティストとして活動。2枚のアルバムとベストアルバムをリリースの後、レコード会社を移籍。昨年リリースの日本の女性ロックカバーアルバム『GIRLS’ ROCK』に続き、このほど洋楽の女性アーティストカバーをさらにカバーした『GIRLS’ ROCK√Hakurai』リリース。音楽のみならず、コメンテーターや文筆家としても活動。とくに中学時代から造詣の深い相撲に関しては、きわめて真っ当な解説者として評価を得ている。また、かねてからの希望だった映画監督デビューも。2月9日から都内、吉本興業系劇場にて公開。

■編集後記

聖飢魔IIが結成されたのが82年のこと。閣下が世を忍ぶ仮の大学生だったころだ。翌年には初めてのミサ(人間界でいうコンサート)を開催。そして85年に地球メジャーデビュー。世間的にブレイクしたのは86年に発布した小教典『蝋人形の館』の大ヒットで。デーモン小暮閣下、10万23歳のときである。その後、87年から始まった『デーモン小暮のオールナイトニッポン』や、伝説のバラエティー『夢で逢えたら』などで人気を博す。89年には悪魔としては異例のNHK紅白歌合戦への出場も果たした。

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
森山雅智(vacans.inc)=写真
photography MASATOMO MORIYAMA

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