「42.195kmを全速力で」

ゴリ

2008.04.17 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA 渡辺…
コントの外見とクールな芝居に苦しむ

映画のタイトルは『うた魂♪』。主人公は合唱の名門校に在籍し、歌にもルックスにも自信満々なかすみ(夏帆)。歌っている顔を好きな男子に“鮭”呼ばわりされ、やる気も自信も失う彼女を、「合唱なめんなよ!」と恫喝するのがゴリ演じる権藤。近所のヤンキー高校の合唱部部長である。自分たちが全力で取り組んでいる合唱を、片手間にやるかすみが許せないのだ。

劇中、ゴリたち湯の川学院合唱部は尾崎豊のナンバーをソウルフルに合唱する。本当に歌う。これが泣かせる。2カ月にわたる練習の賜物だ。ゴリ自身はスケジュールの都合で1カ月遅れで練習に入ったが、「遅れてるわ、できてないわでは失礼に当たる」と、完璧に譜面を頭に入れて臨んだという。

演技の面では権藤の見た目と内容のギャップに苦しんだ。コントのキャラそのものなのに、きわめて真っ当な熱血野郎だったから。

「迷いましたよ。“僕はコメディー役ですよね?”って聞いたら“マジメにお願いします”と。でも、説得力ないでしょ? 台本を読んでボクが膨らませたイメージは“松岡修造さんの暑苦しい性格とルー大柴さんの身振り手振り”で“とにかく絡むとめんどくさいヤツ”。その過剰さで笑わせるんだと思って、やってみたんです」

撮影初日のファーストシーン。やる気のない歌を歌ったかすみに、権藤がとうとうと語るシチュエーションだ。台本を手にしておおよそ3カ月かけて作ったキャラクターに対して、監督はこう言った。“すべて忘れてもらっていいですか。そうじゃないんですよね”。

「100人ぐらいのスタッフが見ているなかで(笑)。カッコ悪いじゃないですか。どう考えても僕の役作りが合っているような気がしたんです。なのにもっと淡々と普通に演じろと。“俺、この監督とは合わないかも”って思いましたよ。でも監督の言うことを聞くしかないですから、淡々とやってみたんです。撮影中は結構不満もありました。ちょくちょく提案してはNG出されてましたから。でも、僕の役作りはコントのくせがついてたんですよね。5分観るにはいいけど、2時間やられると飽き飽きする。完成したものを観たら、淡々で良かったなと思いました」

楽しくはなかった、と明言した。しかし何より一所懸命取り組んだ。そして「ものすごく気持ちよかった」。この発言の真意は、映画のクライマックスで明らかになるだろう。

もともと映画が大好きで、2浪の末、ひょんなことから日大藝術学部に入学。映画研究会で監督もやったし、エキストラとしていろんな現場にも出向いた。が、2年生のとき、新入生歓迎会で書いた初めてのコントがウケにウケた。

「みんなに“なんでお笑い芸人にならなかったの?”って言われて。自分でも初めてそのとき“お笑い芸人ほど、自分がやりたいことができる職業はない”って気づいたんです。お笑いだったら全部できるでしょ? コントも映画もドラマもやれる。あー、入り口はそっちだったかと。そこから急に“あ、オレお笑いやろう”って決めました。とりあえず相方が必要だと思って、当時沖縄にいた昔からの友だちの川田に電話したんです。絶対に断られるだろうなって思ってたら “イイヨ!”って(笑)。なんかね、長いことつきあっていた女にふられて、ちょうど落ち込んでいるときだったから、人生を変えたかったらしいです。2カ月ぐらいでお金を貯めてすぐに東京に来ましたよ」

努力なしには楽しくない。ずっと全速力できた

23歳になっていた。当時、深夜番組などで活躍しつつあった極楽とんぼやココリコ、ロンドンブーツ1号2号などを抱えていた『銀座7丁目劇場』の門を叩くも“定員オーバー”でNG。

この年、東京にも吉本総合芸能学院という養成所が開校したが「スタートがただでさえ遅れてるのに、これ以上足踏みしたくなかった」と違う道を模索。そしてオープンしたての『渋谷公園通り劇場』に乗り込んだ。

「でも、“うちはイベント用のハコなんで芸人は抱えないよ”って。もうホントに困って、ふと横の壁を見たら劇場のボランティアスタッフを募集する紙が貼ってあった。“やらせてください!”って(笑)。裏方なんだけど、ライブとかを観て勉強できるぞ、と」

連日、終日劇場の雑用だった。掃除からパシリから、電話番から客寄せまで。タダ働きだけど、3食シャワー付き、何より毎日お笑いの舞台を観られた。

「本番中は客席から先輩の芸を見て、“あれぐらい大げさでいいのか”とか“ああいうふうにオチを持ってくるんだ”とか勉強して。家でネタ書いて二人で公園で合わせて。週に1回、お客さんが出終わった後に、社員さんの前でネタ見せして、ダメ出しされて。いろんな芸人さんを観て、いろんな舞台のビデオを借りて、研究に研究して、ネタを書いて合わせて見せてダメ出しされて、また家に帰ってネタ書いて…」

95年7月、カルト芸人を集めたイベント『やけど温泉』でデビュー。

「普通はネタなんて月に1本できればいいんですが、僕は週に1本作ってました。それを続けていったら、ちょうど半年ぐらい経ったときに、“なんか形になってきたね”って言われたんです」

そして同じイベントに2度目のエントリー。下半身丸出しで客席を暴走するモリマンや、腐った焼きそばを食べる芸人を退け準優勝。特例として渋谷公園通り劇場に所属することになる。

「スタッフとしてギリギリ暮らせるぐらいの給料をもらえるようになったんです。それからも、毎週1本ネタを作って、毎週新人発掘イベントに出てました。本当に休まずにネタ作って稽古して、あらゆるテレビを観て。盗めそうなところはくまなく研究して…人生って多くの人たちにはマラソンなんでしょうけど、オレたちはその42.195kmを全速力で走らなきゃ、誰にも追いつけないっていう気持ちでした」

6年前に結婚するまで、ずっと全速力だったという。いまはもう、無理して死んじゃったら困る。だが―。

「僕はテレビでお笑いを観て育ってきたから、テレビのお笑いが好きなんです。やっぱり人を喜ばせたいんですね。ドカーンと笑ってくれたときの快感は、どんな女性の裸を見ても得られないもんです。ただ、ウケるにしても自分で努力した結果じゃないとイヤなんですよ。僕、実はギャンブルが嫌いなんです。1回競馬をやってみて、勝ったこともあるんですけど、何も思わなかった。それは自分で勝ち取ったものじゃないから。僕は自分が感動したいヤツなんでしょうね。努力して努力したうえで勝ち取って、初めて喜びを感じられる…たとえばゴリエをやったとき、打ち合わせも意見交換も、ケンカもさんざんしました。そのうえで “ヤッター!”って言えた。ああいうやり方が僕にとっての幸せなんですよね」

もちろん納得のいくものができても結果がついてこない場合もある。たとえばテレビの視聴率。

「一所懸命やってるぶん、すごく辛いです。文句言いたくなります。“絶対面白いのに、なんでわかんないの!?”って。でもそれは違う。お客さんが観なかったということは、求められていない部分がどこかにあったということなんですよね。同時に、べつのところにみんなが求めているものがある。それは僕がまだ気づいていないものだったりするわけです。そんなときは、“自分の研究不足だった”ということで反省するように気持ちを持っていきます。それでまたいいものを観て、そういうのも作品に入れながら自分たちの考えもスパイスとして入れていくんです」

―全速力じゃないか!

「いろんな演者さんとかディレクターを見て、そこからどんどん吸収しようと。今もずっと勉強してるつもりですよね。今日も“(笑って)いいとも”がありましたけど、“あー、タモさんはこういう雰囲気のときは、突然変なキャラクターになるんだな”って(笑)。僕は、スポンジだと思います。たぶん、一生水分が満タンにならない―」

1972年、沖縄県那覇市生まれ。日本大学藝術学部中退。大学2年生のときに、中学時代の友人・川田広樹とガレッジセールを結成。吉本興業の『渋谷公園通り劇場』で、ボランティアスタッフとして働きつつ芸人修業を積む。95年7月の『やけど温泉』でデビュー。2度目の出演で並み居るカルト芸人を蹴散らし準優勝。ちなみにこのときの優勝者は鳥肌実だった。97年『ロンブー荘青春記』でテレビにデビュー。このとき出会ったディレクター・マッコイ斉藤に“ゴリ”と名付けられる。その後『極すれすれガレッジセール』で、暴走族やチーマーとタイマンを張って名を馳せる。『ワンナイR&R』のキャラクター・ゴリエとして2005年には第56回NHK紅白歌合戦に出場を果たす。俳優としてもドラマ『ちゅらさん』シリーズ、『鬼嫁日記』シリーズ、映画『嫌われ松子の一生』などに出演。リアルな演技力を見せる。現在上映中の『うた魂♪』では18歳の高校生を、これまたリアルに熱演。泣かせるのだ。

■編集後記

97年スタートの『ロンブー荘青春記』にレギュラー出演、衝撃を受けた。「最初ロケに出ても、何をすればいいのかわからなかったんです。ロンブーさんを見ると淳さんがいきなり電信柱に登ったりしてる。“ああ、ここにあるすべてを小道具として使っていいんだ”と。あるいは僕に“ゴリ”と名付けたマッコイ斉藤というディレクター。カメラの向こうからちょっかいを出すんですよ。“淳の背中を押せ!”とか“ヘビを手でつかめ”とか(笑)。やるとウケるんですね。ああ、こうして組み立てるのかと」

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
渡辺浩司=スタイリスト
styling KOJI WATANABE

関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト