「大人が楽しんで仕事をやる―そんな喜びを持ちたい」

阿部 寛

2006.10.12 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA 稲田 平=写真 photography PEY INADA 扇子…
演技を論じるほど完成してはいないんだ!

阿部 寛は映画『アジアンタムブルー』で、寡黙なSM雑誌の編集者を演じた。不治の病に冒された恋人の最期のときを、あくまでも静かに優しく見守る。冒頭、すべてが終わってひとりになった男はデパートの屋上で水溜まりを見つめる。水溜りが二人の思い出の地・ニースの海岸線に重なり、回想から物語は始まる。このとき、ベンチにただ座る姿がすばらしくよかった。そう伝えると、「空気感を大事にしてたのかな。小賢しい、細かい芝居をしないように。映画は大画面なので、そこに存在していればいい。そういう意識だったかも」。

演技に関しては歯切れがよくない。

「考えて考えて芝居をしていく…って誤解されるのがイヤなんですよ。すごいポリシーを持って演じていますよっていうのは、どうなんだろう? 自分の美学で全部固めて作り上げていくことは、ぼくはかっこよくないと思ってるんです。役者ってずっと発展形のはずなのに、完成したような形で“役者論”を言うことは、ぼくはしたくない」

それに気づいたのはいつごろか。答えを聞いて、驚いた―「今日」。

たまたま俳優のインタビューがいくつか載った雑誌を見て思ったという。

「昔から感じてたのかもしれないけど、確かに思ったのは今日(笑)」

なるほど、きわめて柔軟なのだ。ということはひょっとして今後また、語る可能性は…「ありますね(笑)。飲みに行ったりして語ってしまうかも」。

俳優としてのキャリアが始まったのは1987年。そのころは、“論”を語ろうにも、俳優という仕事の何たるかがわかっていなかったという。

当時、阿部 寛、23歳。

立場は完全に人気者。存在意義に、悩む

デビューのきっかけは、85年、集英社が主催した雑誌『ノンノ』の「第3回ノンノボーイフレンド大賞」。当時、理系の大学生だった阿部 寛は優勝賞品のクルマ目当てに応募し、優勝。翌年以降『メンズノンノ』では、創刊号から43号連続で表紙を飾ることになる。

「ホントにクルマが欲しかっただけ。モデルの話もあとから聞いたんです。表紙になるという意味すらわかってなかった。事務所に入ってなかったから、アルバイト気分は抜けませんでした」“メンノン”は一大ブームとなり、“アベちゃん”は一躍人気者となる。俳優デビューの話も数々舞い込んできた。

「普通に就職するつもりでしたから、全部集英社の人に断ってもらってたんですよ。で、実際に就職活動を始めてセミナーなんかに行ってみると、自分みたいな理数系だとおおよそこういう人生になるのかなってわかるんですよね。そのときに、“役者という選択もあるのかな”って思ったんです」

モデルから俳優へ行くという道筋が、まだまだ均されていなかった時代。行けるのかどうかわからなかった。そこに飛び込んできたのが南野陽子主演の映画『はいからさんが通る』。漫画原作・アイドル(南野陽子)主演・演じるのは伊集院少尉というカッコいいキャラ…これほど展開が読めやすい作品はなかったという。そして俳優の道を選んだ。

「最初はわかんないですからね、満足してたかもしれない。自分はこういうふうに見えるんだとか、単純に映画に出演できたことがうれしかったですね」

だが、すぐにあることに気づく。

「ぼくがいろんな番組に出られたのは“人気者”だったからなんですよ。ヘンな話、蝶よ花よみたいに扱われてたわけです。でも人気者には時代性がある。1年かそこらで“古い”感じになっていくんですね。若手の俳優もどんどん出てくる。カッコイイ男の役でひとことふたことセリフを言うだけ。“それをやるのにおれの何が必要なんだ”って思って。本当につまんなかった」

モデル界からの大物ルーキーだったため、下積みはなかった。型どおりの“カッコイイ”をラインで製作するような日々。そこに風穴を開けたのが、つかこうへいと、ベテラン俳優との出会いだった。

カッコイイをぶち壊し役者の仕事を知る

93年、つか原作の『リング・リング・リング 涙のチャンピオンベルト』という作品への出演をきっかけに、劇団のオーディションを受ける。

「以前から舞台は見ていました。大きかったのは、酒井敏也さん。あのソフトな俳優さんがつかさんの舞台で、彼だと分からないぐらいぶち切れた芝居をしてたんです…ああなるのか、と。自分も全然違うキャラクターつけてもらえるんじゃないかと思ったんです」

ビビッて30分も稽古場に入れなかったというオーディションを乗り越え、劇団で徹底的に鍛えられた。

「台詞は口立て、つまりそこでつかさんが思いついたセリフを言わされるんです。“ひゃあヤメテ~”とか。それを家に持ち帰って“絶対に断ろう”って思うんだけど、次の日行って記者さんたちの前で演じてみると、みんな笑うんですよ。つかさん、“ほら、面白いだろ、な”って。そしたらこっちも“面白いんだったらいいや”つってやってしまう(笑)。その積み重ねで、芝居ができていくんです。で、完成したものはかなりぶっ飛んだものでしたね(笑)」

阿部 寛のキャラクターは『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』のオカマの部長刑事・木村伝兵衛。

「女子高で通しげいこをやったんです。みんなウケまくってね。“ああ、こんなに喜んでくれるのか!”って実感しました。お客さんのアンケート見ると、それまで自分がイメージにこだわって小さくなっていたことに気づかされました…つかさんはそこまで見ていてぶち壊してくれた。自分ではあそこまで壊すことはできなかったと思います」

この作品は02年まで6回にわたって公演され、“カッコイイ阿部 寛”をぶっ壊し、“マッド”“滑稽”“破天荒”など、さまざまな側面を引き出したのだ。

そして、95年のNHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』は、“俳優を仕事としてやっていくこと”を再認識させた。

「ぼくは、何も分からずにそこそこいい位置で仕事していました。正直なところ、脇にいる年配の俳優さんには目がいってなかったんですね。自分のやるべきことについて悩むようになって、ふと気づいたんです」

目の前にいる60代の俳優さんには、20代のころはもっとライバルがいたはずだ。それが40、50と歳を経るにしたがって減ってきたのである。で、結局いま60代で活躍している人はそんなに多くはいない。生き残る人には何が必要なんだろうか。

「それがどういうものか知りたかったんです。そこから40代、50代、60代の人たちの話に聞き耳を立てるようになりました。“ああ、役者がこだわるのはそこか”とか“こういう駆け引きをしてるのか”とか“そうやって勉強するのか”とか。俳優を続けていくにはこれだけのことをちゃんと踏んできてるのかって。そこからですね」

たとえば普通の会社員なら、仕事への取り組み方は上司や先輩から学ぶことができる。将来の目標は、研修で作文として書かされる。しかし、阿部 寛は、このときようやく俳優という仕事の輪郭をつかんだのだ。表現のできるカラダを手に入れ、仕事をし続ける先輩の姿をつぶさに見ることで。

憧れの俳優は大滝秀治。ある映画で共演したときの姿勢にしびれたという。

「言ってもいいのかな…大滝さん、控え室にいないんです。1時間ぐらい帰ってこないから様子を見に行ったら、撮影現場にいらして。寝たきり老人の役だったんですが、照明さんが照明のセットしてるときにその下で布団のなかにいて。“大滝さん、危ないから向こうにいてください”って言われても“いいのいいの”って(笑)。スタッフの人に“刀振ったときに額がパッと落ちたら面白いんだけど、やってくれないかな?”とか言いながら。このおじいちゃんはなんでこんなに少年のように、芝居を楽しんでんだって思いました。大人が楽しんで仕事をやる―そんな喜びを持ちたいって。でもね、まだまだですねえ」

1964年生まれ、神奈川県出身。大学在学中モデルデビュー。『メンズノンノ』創刊以来3年6カ月、表紙を飾る。大学卒業と同時に俳優デビュー。つかこうへい作・演出の舞台『熱海殺人事件~モンテカルロイリュージョン~』で主人公を演じ話題となる。94年、日本映画プロフェッショナル大賞受賞。02年、映画・TVなどの活躍に対してギャラクシー賞個人賞受賞。最近作としては連続TVドラマ『結婚できない男』『ドラゴン桜』(ともに主演)がある。公開予定の主演映画は『バブルへGO! ~タイムマシンはドラム式~』(07年2月10日・全国東宝系)『大帝の剣』(来春・全国東映系)、タイ映画『チョコレート』(アジア圏にて公開)がある。05年創刊のファッション誌『UOMO』(集英社)で創刊号からモデルとしてレギュラー出演中。06年4月号で登場した表紙が朝日広告賞・月間賞を受賞した。『アジアンタムブルー』は11月18日より恵比寿ガーデンシネマほかにてロードショー。

■編集後記

デビュー作の『はいからさんが通る』に出演したのが23歳。演じた伊集院少尉は、主人公・紅緒の憧れの人だった。ついで、映画では『YAWARA!』に主演。さらに翌年『孔雀王』は香港との合作という巨大バジェットだった。いずれもコミックの映画化作品だった。デビュー時に気にしていたのは「その後の展開の読みやすさから」だが、そのポイントは、同時に20代の阿部寛を“カッコいいキャラクター”というわかりやすいところに釘付けにしてしまったのだ。

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
扇子大介(HINELI)=スタイリング
styling DAISUKE SENSU
AZUMA at mondo-artist.com(angle)=ヘア&メイク
hair&make-up AZUMA

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