「断念のダンディズム」

姜 尚中

2007.03.15 THU

ロングインタビュー


武田篤典(steam)=文 text ATSUNORI TAKEDA サコカメラ=写真 photography SACO CAMERA
世の中のことを知り考えるヒントを得る

姜尚中は東京大学情報学環教授だ。56歳、団塊のひとつ下。熊本生まれの在日韓国人2世であり、政治学と政治思想史の先生である。日本が帝国主義時代に植民地としていたアジアの国々と日本との関係を把握し、日本の今の政治方針を考える。ポスト・コロニアル理論というものを熟知している。

新しい本『ニッポン・サバイバル』の冒頭で問いかける。“あなたの上司や顧客、先輩が、(中略)次のような話をしだしたらどうするでしょうか”。内容はこうだ。北朝鮮が核を持つのであれば日本も持って当然。自国は守らねばならない、なめられてたまるか。そして“なぁ君”と意見を求められたら。

「自分を見失いたくはない。かといって角張って生きることもできない。大学という組織にいる僕自身にもそれはよくわかります。だから、いま何が大切なのか、普通の情報を少しだけ知れば、もうちょっとしたたかだけど角張らずに生きていける―そういう座標系みたいなものが、この本の中から浮かんでくればいいなと」

「お金」「自由」「仕事」「平和」「幸せ」など、10のテーマに寄せられた、普通の人々からの疑問や意見が提示される。それに対して姜さんが応じる。考えるためのヒントを提示してくれる。答えはない。読者が自分で見つけるように。

寄せられた「みんなの声」を見て“慎ましいなあ”と思ったという。

「ひとりひとり幸せになりたいと思ってる、思ってるけどままならない、ままならないけど、まあこのぐらいでと。いわゆる“ちょぼちょぼ”の人生っていうのかな。普通が一番いいんじゃないかと、どこかで思っている面はあるんじゃないでしょうか」

“ちょぼちょぼ”とは、「人ととてつもなく違ったことをしたいとか、卓越したいとか、そんなふうには思わない」こと。それが普通の人にとっての処世訓。「健全だと思います。でも、だからといって、人同士の横の関係がつながっているというイメージはないですね」

ここでひとつ質問。朝の通勤時、人身事故で電車が遅れるというアナウンスが流れました。どう思いますか?「死ぬならほかのところでやれよ」。

あ、これはもちろん正解ではない。そもそも正解なんてない。姜さんは、こう毒づいた声を実際にホームで聞いたという。 “悪寒が走るようだった”と書く。

「お金」の項で、新自由主義の影響を語る。機会の平等を進めた結果、持てる者と持たざる者にわかれてしまう。自分だけはなんとか下流にいかないようにする。落っこちて自殺しちゃうのも自己責任。そんなムードが支配的だから格差社会はよりひどくなる、と。

「自由」の項では、こう説く。いまの日本はすべてにおいて自由に見えるけれど、選択の責任はやはり自分で取らねばならない。そこでの敗者復活戦が難しい社会になっていると。

「僕は、1回、自殺者を助けたことがあるんですよ」

目の前の姜さんは、本に書かれたのとは違う話をした。10年ほど前、中央線のある駅で20代ぐらいの女性が下り線の入ってくる線路に飛び降りたのだという。

「蝶が舞うようでした。彼女は入ってくる電車を凝視していたんですね。僕は驚いてとにかく線路に飛び降りたんです。電車は彼女の1mぐらい手前で止まったのかな。僕一人だったんですが、周りの人に手伝ってもらってすぐに引き上げて。ワンワン泣いてた。僕より少し年上の人が彼女にお説教を始めたから “これで大丈夫だろう”って、僕は大学まで行ったんですけど」

そのとき横に立っていた女性が命を捨てかけたのだ。“死”に関しては、子どものころ、事故死体を見たのが原点。

「よくまあこんなにってぐらいに、頭から血が。溶けたイチゴのカキ氷が大量に流れていくような感じ。ショックでした。僕の郷里は小さな田舎町でしたから、野垂れ死にする人も結構いて」

突き詰めれば、他者への無関心と格差社会の話にもなるし、世界と自分を切り離したところで幸福を追い求める無為さも導き出せるけれど、「どんな人でもそういう場所に遭遇すれば、自分の命がどうこうではなく、何とかしようとするものだと思うよ」。

毒づいたサラリーマンも普通の人だが、一方で姜さんのかつての教え子が、『自殺対策支援センター ライフリンク』というNPOを立ち上げた。

「その彼、清水康之くんから教わったんですが、いま年間3万2000人も自殺している人がいる。10年で約30万消えちゃったわけです。三重県津市の人口が30万人だから、怖い話でしょ。で、そのうち約5~6割が経済事案。がんばれば何とか避けられたんだと。彼のような若者もいるわけで、日本は捨てたもんじゃないっていうのかな」

決定論に陥らず、現実と向き合って生きる

若者が一番ワリを食う時代だと、姜さんは考えている。世の中にセーフティーネットはうまく見当たらず、生活しにくい。大いに心配せねばならない。けれど、同時にやり直しはきくという。たとえば「仕事」は偶然の産物だ、と。大学の先生になったのも偶然。

「僕は学生時代、ずっと社会的に認知されるものを潜在的に欲していた気がしますね。中学時代は医者になりたかった。家の近くにハンセン病の収容施設があって、医者という聖職にあこがれた。それとジャーナリスト。このふたつを漠然と考えつつ、あとは野球ばっかりやってました。勉強できても、あんまりお金儲からんって言われてましたし(笑)。政治に興味を持ったのは大学で。社会の病理に対する処方箋を書くのが政治学じゃないかなと、僕の尊敬している先生から言われて納得したんです」

実は人前で話すのは苦手だった。聞き役になることが多かった。しかし実際に政治学者を志すと「意外とおしゃべりだったことがわかりました。無意識のうちにレトリックも使っていた。自分があるコースを歩んでいるうちに、一つ一つ気づいていったんです」

そう、「豆腐」である。

「20代の半ばってね、どうしていいかわからなかった。みんなの後を金魚のフンのようについて、韓国大使館にデモに行ったり、殴られたり、それでヒロイックな気持ちになったり(笑)」

蛮勇の時代だったという。手ごたえを求めて絶えずアクションを起こした。「ある精神科医が言うには“人間に最後にひとつだけ残る欲望は、意味を求めること”だそうです。求めると、答えを見つけ出さないといけない。たとえば、“自分は写真家で、カメラを通じてこういうことをしている。だから自分はこうなんだ”“大学でこんな研究をしているから、こうなんだ”と。見つけられなければ、誰かに意味づけしてもらいたくなる。それでスピリチュアリティの世界に入ったり、手相を見てもらう。僕は大学で友人と出会って、意味について考えることを知りました。20代の半ばには、無性に生きている意味がほしかったんでしょうね。だから蛮勇をふるっていろんなことをやっていた」

意味を得るには読書が有効だという。古くからの人間の営みの意味が書かれているから。だがそれは答ではない。

「自分に合っていて、なければ3度の飯ものどを通らないような仕事に最初から出合えることはまずない。だからつまずいたってしょうがない。仕事との出合いには偶然が作用するものなんです。そこに疑問を持って折り合いをつけていく。能力でも運命でもない、たえず偶然が働くんだという意識を頭のどこかにおいておいた方がいい」

努力のススメでも慰めでもない。意味を求めるものであることを自覚し、ワリを食いながらも生きるスタンス。「決定論に陥らないことだと思います。あまり性急に結論を出したり、不安に駆られて予測不可能なものを避けようとしたりしないで。もう、不安なことはみんな不安なこととして引き受ける、開き直りが必要なんじゃないかな。最終的に大切なのは、自分を何によって納得させるか。そのことをちょっとかっこよく “断念のダンディズム”と呼んでるんです(笑)。年をとっていくことは、確実にそれまでの可能性を断念していくことですよね。でもそれはダメになることではない。結局そこに落ち着くだけの、自分を納得させる材料があればいいんです」

1950年、熊本生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。西ドイツ・エアランゲン大学留学後、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て、現在、東京大学情報学環教授。専門は政治学・政治思想史。『朝まで生テレビ』などに出演、クールな佇まいで自説を展開する。著書に『姜尚中の政治学入門』(集英社新書)、『愛国の作法』(朝日新書)など。最新刊は『ニッポン・サバイバル 不確かな時代を生き抜く10のヒント』(集英社新書)

■編集後記

早稲田大学政経学部で韓国文化研究会に参加。活動を展開していた。学部を卒業しても、「職種によらず、就職口があるというだけで宝くじに当たったみたいなものでしたからね」。その後、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程を修了。不安だった。「大学の先生は自由なことができていいってよくいわれますが、僕たちの場合は就職が決まるのが30歳すぎてからですからね」。そして西ドイツ・エアランゲン大学への2年間の留学を経て、31歳で職に就くのであった。

武田篤典(steam)=文
text ATSUNORI TAKEDA
サコカメラ=写真
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