「音楽を作ることは楽しみ」

BECK

2009.04.16 THU

ロングインタビュー


和田 靜香=文 text SHIZUKA WADA 稲田 平=写真 photography PEY INADA スチーム=編集 …
時代に選ばれて期せずして表舞台へ

“オレハ マケイヌ 殺っちまったらどうなんだ?”。

そんなセンセーショナルな歌詞を、ザラついたギターと腑抜けたボーカルでユーモラスに歌った「ルーザー」で、1994年にベックは一躍時代の寵児となった。「時給4ドルのビデオ屋のバイト」青年の人生は、突然に変わった。そのとき24歳。それは、世界を巻き込んだグランジ・ロック・ブームのスーパー・スター、ニルヴァーナのカート・コバーンが猟銃自殺という悲劇的な最期を遂げた、ほんの1カ月後の大ヒットだった。一人のスターの死と入れ替わりに現れたもう一人のスター、それがベックだ。

「あの曲は、友達が『レコーディングさせてやるから』ってスタジオを3~4時間貸してくれて、限られた時間の中、何かを作らなきゃと追い詰められて完成したんだ。そのときに何を考えていたかって? いや、何も考えていなくって、思いついたそのまま。かえってそれが良かったんだ」

そうそう、こういう答え。ちょっとスカして「べつに…」ってふう。「ルーザー」やいくつかのヒット曲を表層的に聴いていると、ベックに抱くイメージはそんな感じだ。それからまた、楽々と楽しげに人生を乗り切る天才アーティスト、そうも映る。でも音楽を聴きこみ、歌詞をじっくり味わうと、また違う彼がいる。とくに最新作『モダン・ギルト』では、力強いビートの陰に嘆きや苦しみが見えて痛々しいほど。音楽からうかがえるベックは極端に違う顔を見せ、聞き手をこんがらがらせる。

「でも人間って、そういうものだろ?いろいろな要素が混ざり合って一個の人間があり、アンビバレントな経験を多々する。そして僕には美しいもの、人を幸せにするものが要求されながらも、現実の生活ではいつも痛みがつきまとっている。それが人生だ。そうしたすべてひっくるめたものを音楽で表現したいと思っているし、自分が好きで聴く音楽もそういうもの。一見シンプルに聴こえるものも、ペラリとめくってみるとその奥には実に様々なものが絡み合っているんだ」

高名な芸術家の祖父と、名うてのアレンジャー/ミュージシャンである父、アンディ・ウォーホルのファクトリー(アトリエ)に出入りしていたこともある、ビジュアル・アーティストの母という芸術一家に生まれたベックにとって、生活そのものが音楽の源で、人生はずっと芸術のなかにある。幼いころは人種のるつぼ、あらゆる音楽があふれるロサンゼルスで母親と暮らし、高校を中退するとドイツにいる祖父のもとへ。そんなだからか、彼はごく普通の生活にはまるで疎い。自分の楽屋も覚えられなくて、とりまきたちがあれこれ世話を焼く。ユニークな音楽は浮世離れした日常から生まれ、それを彼は「楽しい」と言い切る。

「僕は音楽を作ることが楽しくてやっている。もっと大きな目的や使命感でもあればいいけど、残念ながらそれはない。いろんなことを試し、こんな面白いことがある、こうやって音楽って作れる、試してみたらラッキー、曲ができたよ、ってかんじで」

では人生そのものもラッキーなのだろうか?

「ラッキー? そう見えるのか? ふ~ん(不満そうに)。音楽を作るときに難しいのは、その人本来の姿を表現すること。だいたい人の本来の姿なんて、自分自身で捉えるだけだって難しいし、時代や環境に左右され、人は変わっていくものだ。そして骨格として音楽の根底に本来の姿があっても、色々なサウンドやスタイルが加わることで、その姿も変わって見えてくる。まぁ、同時にそここそが、音楽の面白いところだと言えなくもないんだけれどね」

とにかく音楽は楽しい。ベックは音楽を作る、という人生をとことんエンジョイしている。

「でも音楽が生まれるって偶発的なもので、自分の力だけでどうのこうのできるもんじゃない。どうにも掴みきれないフィーリングを、音楽に形作ろうと挑戦し続けている。様々なスタイルやサウンドを試すのも、だからこそ。そのなかで一番ピンとくるバランスが生まれる奇跡的な瞬間があり、それに出会えるか出会えないか、それが何より大切なんだ」

音楽を作っても、それを支配しようとはしない。それがベックの姿勢だ。それはコンサートでも同じ。東京でのコンサートでは、20曲以上をオリジナルよりギュッと濃縮したタイトなアレンジでプレイし、観客を沸かせた。

「観客とコミュニケーションをとり、彼らを楽しませられたらすごくうれしいけれど、こればっかりは自分でコントロールできない。僕の音楽をこういうふうに聴いてくれ、と押しつけられるものではないし。そういうことはだいぶ前に降参して、今は自分なりの音楽を作るだけ。音楽が本当の意味で音楽になるのは、聞き手が何かを感じ取れた瞬間だと思う」

音楽が作り手のものであるのは、それを作るところまで。後はその手を離れ、観客(聞き手)のものとなる。そのことを彼は、いきなり大観衆の前にさらされた24歳で否応なく学ばされたのだ。とはいえ、一度手離した音楽をまた手元に戻してあれこれ“リミックス”して楽しむ術も彼は知り尽くしている。ときどきその度が過ぎてしまうことさえあるほどで、

「ある人から、プリンスが過去にレコーディングしたものを全部やり直そうとしてる話を聞いたんだ。その人は笑い飛ばしていたけど、僕は『全部やり直したらどうなるんだろう? 面白いんじゃないか』って思った」

などと不穏なことも真面目な顔で言う。ファンならずとも、それはちょっと…と苦笑いするしかない。

素っ気ない生活を充実させる音楽は存在する

24歳で一躍スターとなった青年は、今年で39歳になる。結婚して、子どももいる。これまで発表したアルバムは10枚(メジャーデビュー前の作品は除く)。その10枚がテーブルの上に置かれた風景を他人事のように面白そうに見て、「10枚あるから撮っておいて」と、スタッフにビデオに収めさせる。「自分の過去は振り返らない。今、十分考えることがあるから」と言うけれど、それらのなかに、折々の、何かしら答えのようなものは詰まっていないのだろうか?

「たとえ突然に思いついたような曲にも、その曲自身が『どういうふうになりたいか』っていうものがあって、そこから一つ一つ違うロジックが生まれる。僕はそれを自分なりに感じ取っていくだけ。後になってこういうことだったのかと、理解することもある」

どうやらベックは歌の中に意図して、答えめいたものを込めたりはしないようだ。音楽が生まれるのは偶然。音楽を支配しない。あくまで音楽そのものを尊重する。そして音楽に何か答えを見つけるにしろ、しないにしろ、それは聞き手の自由だという。

「聞き手として僕が好きだった音楽のなかには、様々なヒントがあった。たとえば今、僕らがいるこの素っ気ない部屋のような生活を充実させてくれる音楽が絶対に存在することを僕は経験で知っている。子どものころ、僕が住んでいたのは、ユニークな人と出会うことも、興味深い情報を得ることも少ない、何も起こらない所だった。しかもハードロックなんかが流行っていた当時のカルチャーには、まったく共感できなくて、疎外感を感じていたんだ。そんななかで古いレコードを聴くと、面白いアイディアを見つけたり、自分の創造性を満たすことができた」

孤独なロック少年だった日から幾星霜。今や富も名声も思いのままとはいえ、思い通りにならないこともある。多くは語らないものの、ここ数年、慢性の腰痛といった身体の不調を抱えているらしい。インタビュー中、不整脈の話をしたら、帰り際に「今日は大丈夫? 僕も昨日は脈が乱れてね」と、いきなり脈を診られて驚いた。お互いに「気をつけて」とねぎらい合うと、とりまきたちに急きたてられ、彼は次のインタビューへ向かった。ザッツ・ハリウッド。やはりベックは、思っていた人とは違った。

ベック・ハンセン。1970年7月8日生まれ。カリフォルニア州ロサンゼルス出身。1993年にインディー・レーベルから発表したシングル「ルーザー」がラジオで話題を集め、メジャーのゲフィンと契約。全米で大ヒットして一躍時の人となる。96年にはアルバム『オディレイ』を発表し、グラミー賞2部門を受賞。2002年発表の『シー・チェンジ』では、素朴な音楽性ながら傑作との評価を得る。斬新でユニークな音楽性のみならず、映像なども駆使した表現は常に注目の的。

■編集後記

「自分の作品で『一番好きなもの』はない。だからこそ今も作り続けている。作り手には欠陥が見えてしまうから、これがいいとは言い切れないんだ。とは言え、『オディレイ』に関しては、何年たっても色褪せない作品だと評価されるのはうれしい」と、自己最高作と認める『オディレイ』をレコーディングしていた時、25歳。ちなみに「時給4ドルのバイト」発言の真偽は不明。25歳ごろのことは「覚えてない。50年前くらい? 犬ならその半分か?」など冗談めかしていたので。 「自分の作品で『一番好きなもの』はない。だからこそ今も作り続けている。作り手には欠陥が見えてしまうから、これがいいとは言い切れないんだ。とは言え、『オディレイ』に関しては、何年たっても色褪せない作品だと評価されるのはうれしい」と、自己最高作と認める『オディレイ』をレコーディングしていた時、25歳。ちなみに「時給4ドルのバイト」発言の真偽は不明。25歳ごろのことは「覚えてない。50年前くらい? 犬ならその半分か?」など冗談めかしていたので。

和田 靜香=文
text SHIZUKA WADA
稲田 平=写真
photography PEY INADA
スチーム=編集
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