いつかはハマるジャンルなのか?

日本のソウル「演歌」その起源と魅力に迫る

2009.06.04 THU

最近話題のジェロのように、多様化する日本の音楽シーンでも、定期的に注目を集める「演歌」。R25世代では熱心なファンも少なかろうが、先日亡くなった三木たかし作『津軽海峡・冬景色』(77年)のように、いつの間にか胸に刻み込まれた曲が多いのも事実。今は興味ないけど、日本人としていつかは通る道なのかもなんて、運命的な印象すらおぼえる不思議な存在。いったい「演歌」ってどんな音楽なんだろう?

「厳密な定義は存在しませんが、一般的に『演歌』といえば、《ヨナ抜き》と呼ばれるドレミソラの5音から構成されたメロディと、日本古来の歌唱法《小節(コブシ)》を取り入れた楽曲を指す場合が多いようです。加えて、日本人独自の美意識や情感を表現した歌詞も、演歌の特徴でしょう」

とは、古賀政男音楽博物館の宮本さん。古賀政男は、《ヨナ抜き》や《小節》に西洋音楽の要素をミックスした楽曲を生み出した、演歌の父とされる作曲家だ。『酒は涙か溜息か』(31年)など初期のヒット曲から考えると、いわゆる「演歌」の誕生は昭和初期ということになる。ただし。

「当時は『演歌』とは呼ばれず、単に歌謡曲や流行歌と呼ばれていたようです。古賀政男が生み出した古賀メロディを『演歌』と呼ぶようになったのは、昭和30年代以降のことなんですよ」 

実は「演歌」という言葉は、明治期からあった。だが当時は街頭で活動した「演歌師」が社会的メッセージを曲にのせて歌う「演説歌」を指すものだったという。演歌師が、後に人気取りのために流行歌も歌うようになった結果「演歌」と「流行歌」の境界が薄れていったというのが通説のようだ。

「演歌というと特別な存在と思われがちですが、日本人の心に訴えかける音楽という点では現在の流行歌と同じ。演歌自体も時代とともに変化し続けているので、若い世代も楽しめる曲がきっとあると思います」

最近のJ‐POPに物足りなさを感じている貴兄よ、ぜひお試しあれ。


関連キーワード

注目記事ピックアップ

 

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト