隣の理系がワカラナイ

第9回 そういえば、「博士」ってどんな人?

2009.04.03 FRI

隣の理系がワカラナイ


「博士」というと、白衣&メガネで試験管片手に実験…というイメージだったのですが、調べ物をしたり、論文を書いたり、想像していたよりも地味で大変みたいですね。伊良林さんによると「プロの研究者としてやっていくなら、若いうちに死ぬほど頑張って業績を残さないと」とのこと。厳しい世界です。

「博士」にはどうやってなるの?



皆さんは「ハカセ」と聞いてどんな人を想像します? 有名どころでは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドク、『鉄腕アトム』のお茶の水博士、『羊たちの沈黙』のレクター博士なんかでしょうか。こうして並べてみると、彼らはみんな理系の博士です。現実世界を調べてみても、日本の大学院で博士号を取得しているのは圧倒的に理系(2001年の文科省調査では、理工農系が5割、保健系が3割、人文系は1割以下)。理系には「博士」という肩書きを持っている人がたくさんいるんですね。

ところで、博士ってどういう人なんでしょうか? それに、どうやって博士になるのかもよく分かりません。

そこで、『大学院生物語』の著者・伊良林正哉さんに聞いてみることにしました。伊良林さんは、某研究所の研究員でありながら、某大学准教授でもある研究者。研究所でも大学でも、大学院生に博士号を取得させるための指導をしているそうですから、博士のことをいろいろ教えてくれるはずです。

「理系では企業に就職するにしても大学院に進学するのが普通で、大学教授になるくらいの研究者ならもちろん、企業の研究者でも博士号を持っている人は結構います。ところが文系では博士号を取得するのが非常に難しく、博士号を持っていない大学教授も珍しくはありません」

次に、博士号取得までの道のりを教えてもらいました。まずは大学4年次に大学院試験を受けて修士課程に進学。修士課程では2年間の研究を通じて修士論文(学内向け、日本語でもOK)を書いて、認められれば修士号取得。修士号を取得して就職してしまう人も多いそうですが、そのまま研究を続ければ博士課程です(ここで他大学の研究室に行く人もいます)。

研究をして論文を書くというのは修士課程と同じですが、博士課程ともなると、一気にハードルが上がります。この辺の基準は大学によって異なるようですが、伊良林さんによると「国際的で審査性(論文の内容が専門の審査員によってきちんと審議される)のある国際的な学術誌に最低1本、ファーストオーサー(名前が載っているだけの共同研究者ではなく、論文の最初に名前が出る著者)の英文論文が掲載されること」が、博士号取得の条件だそうです。そして、論文の内容と口頭での発表によって、大学が博士号の授与を決めます。

それだけの論文を書くには、その前提として新しい発見や研究成果があることが必須ですし、さらに論文としてまとめるためのデータも必要。一般的に博士課程は3年間(医歯学部は4年間)といわれていますが、思うように研究が進まなければ、何年経っても博士号は取得できません。なんて大変なんでしょう!

「だから、国際的には博士号を取得していれば一人前の研究者と認められるのです。国際会議などでも、ドクター(博士)か否かで対応は大違いですからね。ただし、日本では90年代から『大学院重点化』といって、博士号取得者の倍増を計画。これが現在、問題視されています。ひどい大学では、誰も読まないような日本の無名の学会誌に日本語で書いた論文の著者に対しても博士号を与えてしまうのだそうです」

かつての日本では大学院進学自体がとても難しく、大学入試よりも厳しい選抜試験をパスしなければ、修士課程や博士課程に進むこともできませんでした。ところが、大学院重点化以降、大学院の応募枠が大幅に広がり、比較的簡単な試験と面接だけで入れるようになったのだそうです。

最近では、レベルの低い大学に入っておいて、入りやすい大学院でレベルを上げる「学歴ロンダリング」なる問題も起きているとか。学部で卒業した大学ではなく「○○大学大学院修士課程卒」が最終学歴となるからです(学歴ロンダリングが目的の人は博士まで目指しません)。

「理系分野において、研究によってお金をいただくプロの研究者を目指すなら博士号取得はスタートライン。博士課程と博士研究員(いわゆるポスドク)時代は一番がんばれる時期ですから、肩書きのためなどに利用せず、研究成果を挙げるためだけにがんばってほしいものです」

と嘆く伊良林さん。資源を持たない日本にとって、優秀な博士たちは「技術立国日本」を支える重要な人材です。彼らがイキイキと研究に打ち込めるような国になるといいですね。
東京大学本郷キャンパスにある研究室にて。西澤さんの研究テーマは「医療診断用マイクロチップで使用する高分子材料の開発」。小さなガラスチップの表面にできたマイクロサイズの溝に血液を流して診断を行うのですが、そのときに血液の流れを妨げず、目的とする物質だけをトラップ(捕捉)できるような表面材料を開発しています

現役大学院生に聞いた博士課程の日常とは…



博士号取得を目指す若き研究者たちは、日夜、大学院の研究室で研究を行っているのだそうですが、彼らは学生なんですよね? 毎日の研究って、どんなことをしているんでしょうか? そもそも、どうして博士号を取りたいのか。そして、博士になってどうしたいのか。リアルな声をキャッチするために、東京大学大学院工学系研究科に行ってきました。

お邪魔したのは、マテリアル工学専攻の石原・高井研究室。研究室のボス、石原一彦教授(工学博士)は、生体適合性の高いバイオ材料(人工臓器に使用しても血液凝固反応などが起こらない材料)の研究を行っています。この研究室には、学部4年生から博士研究員まで30人以上が所属していて博士課程は8人。そのうちの一人、博士課程3年の西澤一樹さんにお話を聞きました。まずは、大学院進学を決めた理由から。

「大学4年で研究というものに初めて携わり、研究って面白いと思ったのがきっかけです。将来にわたって研究をするなら博士課程まで続けるべきだろうという考えもあって、大学院進学時から博士課程に進むことは決めていました。でも、一緒に大学院に進んだ人の多くは、修士課程で修了して企業に就職してしまいましたね」

現在27歳の西澤さんは、今も大学院に通う学生さんなわけですが、学費とか生活費はどうしているんでしょうか? アルバイトをしながら研究をしているとか?

「僕の場合は、日本学術振興会(学振)の特別研究員として採用されていて、学振からお給料をもらっているのでアルバイトなどはしていません。これは僕に限ったことではなく、大学院生の多くは、大学の奨学金や何らかの外部資金による援助を受けているようですよ」

西澤さんのように、学振からお金をもらっている優秀な若手研究者は、大学院生であると同時にプロの研究員でもあるわけです。ただし、ここまで厚遇なのは「東大だから」という面もあるようで、外部資金の集まりにくい私大大学院などではアルバイトをしながら研究する大学院生も多いそうです。

とはいえ、西澤さんの毎日を聞いてみると、「朝10時に研究室に来て、ほぼ1日実験。実験の待ち時間に解析データをまとめたり資料を作ったりして、帰るのはだいたい深夜0時ごろです。そのほかにも、若手研究者が中心となって開催するセミナーや、年に何回か行われる学会前にはその準備もしなければならないですし、そういう時期はさらに忙しくなります」というハードさ。これに加えてアルバイトなんて無理でしょう。

ここまで3年近く博士課程で頑張ってきた西澤さんは、今年9月で修了予定とのことですが、博士号は取れそうですか?

「研究業績としては、今のところ特許を1本、論文は大きいものが1本、小さいのが3本といったところでしょうか。石原先生からは、『もう1本くらい大きい論文を』と言われているので頑張らないと。あと半年で学位論文を1冊の本にまとめて、先生方の前で発表もしなければなりませんから、実はちょっと焦っています(笑)」

博士課程修了後も研究者として大学や企業研究機関で仕事をしたいという西澤さんですが、まずは博士号取得ですね! お話を聞いたお陰で、博士になるということが、想像以上に大変なことなのだとよく分かりました。半年後の「西澤博士」誕生に向けて、頑張ってください! 今回お邪魔した石原・高井研究室の石原一彦教授が、
取材冒頭でこんなことを言っていました。

「『末は博士か大臣か』なんて言葉があるけれど、
昔の人たちは、文系で目指すのが大臣、理系で目指すのが博士、
という意味で言っていたのかもしれないね」

今は大学院重点化という政策によって、大学院進学がやさしくなったそうですが、昔の人にとっては、博士になることは大臣になるくらい難しかったんでしょう。
でも、実際に博士課程で頑張っている人の話を聞く限り、
今でもやっぱり大変なことには変わりないと思います。
昼も夜も、盆暮れ正月もなく、研究に没頭する彼らの姿には、
心底感心してしまいました(そこまで没頭できるなんてうらやましくもあります)。

このコーナーでは、相変わらず皆さんからのメッセージをお待ちしております。今回の感想はもちろん、「理系が思わず熱中してしまうもの・こと」「文系の人のこんなところがワカラナイ」などなど、理系の皆さんからのメッセージも大歓迎です!

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