隣の理系がワカラナイ

第12回 文系だってワカラナイ!

2009.05.22 FRI

隣の理系がワカラナイ

えー!!!! 終わっちゃうんですか!? この企画大好きだったので、もっと続けてほしいです!

投稿者:「ゆぅた」さん(神奈川県/24歳/男性)

こんなうれしいコメントもあったりして。
理系ネタに関しては、いつかまたやってみたいと思っていますので、
そのときをお楽しみに!

最終回となる今回は、理系の皆さんからのリクエストがもっとも多かったテーマ、
「理系から見たら文系だってワカラナイよ!」について検証してみます。

理系の皆さま、こんな感じでどうでしょう?
文系と理系の違いを考えるとき、必ず出てくるのが「論理的」というキーワード。しかし、竹内薫さんによれば「あまり論理的思考のトレーニングを受けていない文系の人でも、簡単なプログラミングや数字パズルなどを解くことで論理的思考を身につけられる」ということです。

理系たちから見ると文系こそがワカラナイ



文系の私にとって、理系の人たちの言動はなかなか謎めいています。しかし、理系の人たちから見れば、私たち文系の人間こそ謎なのだそうです。

そこで、今回は理系読者の皆さんから送られてきたコメントをもとに、「理系は文系のこんなところがワカラナイ」を考えてみます。とはいえ、文系人間の立場からすれば「私のように単純で平凡な人間のどこがワカラナイ?」という感じなので、サイエンスライターの竹内薫さんに解説をお願いしました。

まずは、こんなコメントから。

『文系の方々は「ワードの○○って、どうするの」とか、すぐ人に聞く。「ネットで調べて!」「ヘルプ使って!」と思ってしまうのは、私の心が狭いのでしょうか』(奈良県/20歳/女性)

パソコン関連のことは「自分より詳しい人に教えてもらおう」と思いがちですが、理系の人はそういうことをしないんでしょうか?

「そうですね。理系の人だったら、その分野のエキスパートに『調べ方や関連サイトのURLを教えてほしい』というような聞き方をすると思います。また、実際に教えるとなると、OSやソフトのバージョンや使用環境など、前提条件を十分に確認してからでないと正確なアドバイスができないので、『だいたいでいいから教えて』というようなザックリした質問は困ってしまうんですよ」(竹内さん)

直接答えを得るのではなく、調べ方を教えてもらうのですか。ちょっと面倒くさい気もしますが、今後、理系の人に質問をするときは気をつけます。では、次。

『文系の人は、どうして雰囲気で物事を把握したつもりになるのでしょうか。雰囲気でつかむからこそ、理系がワカラナイと決めつけてしまって、イメージに固執してしまうのでは?』(神奈川県/24歳/男性)

同じようなコメントは、ほかにもいくつか来ていました。

『理路整然としたお話ができない、感情論でしか話ができない』(東京都/35歳/女性)

『理系の彼は「文系は根拠のない持論にむきになり、何度論理的に説明しても聞く耳を持たない」と言っていました』(東京都/21歳/女性)

文系の人の話って、そんなに感情的で支離滅裂ですか?

「理系の人は『正確でないことを話してはいけない』と、何年もかけて教育されています。だから、会話の最中に『それってどこの情報?』なんて聞くし、その話に反証の余地がないかどうか無意識に探してしまうんです」(竹内さん)

私の話なんか、反証の余地だらけですからね。理系の人は「なんて論理的じゃないんだ!」とイライラしていたかもしれません。

「ただし、論理的でないことをそんなに否定すべきではないと思いますよ。どんなに完璧な論理でも、実験などによって間違いが証明されることはたくさんあります。それに、生物学的に見れば、生存率を左右するのは論理ではなく感情です。未知の相手と対峙したとき、『怖い』と感じる感情があるから瞬時に逃げて身を守ることができる。『今、逃げるべきかどうか』なんて論理的に考えていたら、その間にやられてしまいますよ」(竹内さん)

本当に一部のコメントしか紹介できなくて残念ですが、理系の人たちからの指摘の多くは「文系は論理的でない」というものでした。そう言われると「私がバカってこと?」なんていじけてしまいますが、どっちが優秀ということではなく、お互いに違うということなんですね。12回連載してきて、やっとそこまで分かってきました。
竹内薫さんが取材などで出会った理系バカ、文系バカのエピソードの数々はかなり笑えますが、ときに「自分もそうかも?」とドキリ。文系な私には「なるほど」な科学トピックもたくさん紹介されていて、お勉強になりました。ちなみに、以前このコーナーでお話を伺った高世えり子さんがイラストを描いています。

文理の間に横たわる深い溝は埋めることができる?



文系の人は理系に対して「理屈っぽくて、何を考えているのかワカラナイ」と言い、
理系の人は文系に対して「感情的で、論理的な話ができていない」と言う。

両者の間には深くて広い溝が横たわっているようですが、まるで文理が対決しあっているような構図になってしまったのは、どうしてなんでしょうか?(もしや、この企画がそれを煽ってしまっていたりして)

そこで、『理系バカと文系バカ』(PHP新書)という著書もある、サイエンスライターの竹内薫さんにお話を聞いてきました。竹内さんはこの本の中で「自分の好きな世界に没頭しすぎて、極端な行動に走りやすい理系バカ」「他人の情報を鵜呑みにして、その場の空気に流されやすい文系バカ」と定義しています。理系バカに関しては、さらにこんな特徴も教えてくれました。

「理系バカには『事実以外認めない』という頑ななところがあり、ひどくなると、小説や映画に対して『事実が描かれていないものを読んでなにになる』とまで言います。そうやってフィクションを認めない人はコミュニケーション力、表現力が低く、論理的でない人のことを見下したりする。でも、たとえ素晴らしい研究成果が出ても、表現力が低ければ世界の人にそれをアピールすることができません。だから、一流のサイエンティストはフィクション作品もよく読んでいて、表現力が高いのです」

そういえば、『生物と無生物のあいだ』の福岡伸一先生(分子生物学)、『国家の品格』の藤原正彦先生(数学)、『バカの壁』の養老孟司先生(解剖学)などなど、文系出身の作家さん顔負けの文章力で知られるサイエンティストがたくさんいますね。

また、竹内さんはフィクションを認めない理系バカを「教養がない」としたうえで、文系バカに対しても「理系的な教養がない」と指摘。

「論理的であることは絶対ではないけれど、伝聞情報を鵜呑みにすることは危険ですし、数学とか物理を『難しそう』『関係ない』と頭から否定してしまうのも問題です。数学のエキスパートである必要はありませんが、せめて理系的な教養を否定せず、ものによっては興味を持ってみるくらいのことも必要では?」

理系と文系では、お互いに「常識」と考えるものが大きく違う。それが文理間の溝を作っているようです。

この企画では「理系の人って変わっているなぁ」と言い続けてきましたが、理系の人たちも私のような文系人間を「ヘン変な人」と思っているはず。私も、知らないことだからといって「ヘンなの!」と否定してしまう文系バカにならないように、気をつけないと! ついに最終回を迎えてしまった「隣の理系がワカラナイ」。
最後の最後になって「文系と理系の違い」について取り上げることができました。

「理系とは」「文系とは」なんて分けてしまうことで
余計な軋轢(あつれき)を生んでしまうのではないかと危惧したこともありましたが、
違いを知ることは、理解を深めるためにも大切なことだと思います。

私自身、12回の連載を通じて、
よく分からなかった理系の人たちのことを
わずかながらでも知ることができました。
そして、理系の人たちの思考法や知識などを尊敬できるようになりましたし、
サイエンスって面白いなぁと思えるようにもなりました。
取材に協力してくれた皆さん、コメントをくれた読者の皆さんに感謝です!

今の日本は理系離れが問題視されていますが、
モノづくりに関わる理系人材が減少してしまうことは
日本の未来にとっても危機です。

これからの日本が、理系の人たちがもっと活躍できるような国でありますように。
そのときには「日本の理系がスバラシイ」というような企画でもやりましょう!

ウシジマは、来月から別の企画でお目にかかる予定です。
それでは、また!

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