M-1王者から新入社員に贈る言葉

サンドウィッチマン「まあ、運かな」

2011.03.01 TUE


さんどうぃっちまん 富澤たけし、伊達みきお。ともに1974年生まれ。『エンタの神様』出演後、世間的にもブレイク。2007年M-1グランプリ王者。100%オール新ネタ+哀川 翔さんも緊急出演のDVD『サンドウィッチマン ライブ2010~新宿与太郎音頭~』が発売中。
「どこかで本気になるときが必要」富澤たけし
「30歳のときに何をしているか」伊達みきお
お笑いコンビ・サンドウィッチマン


高校の同級生の2人がサンドウィッチマンを結成したのは24歳。

富澤さんは、高校卒業のころから「自分は普通の仕事に向いていない」と、うっすらと芸能関係への夢を抱いていた。就職すると辞めにくいので仕事はピザ屋さんのアルバイト。一方、伊達さんは福祉系専門学校を3カ月で中退し、父上のコネで福祉関連の会社に就職した。サラリーマンとして普通に暮らすつもりだった。

2人が21歳のとき、地元・仙台で吉本興業がお笑いライブを始める。「伊達を誘ったんですけど、お父さんのコネ入社だから辞められないと。それで別の相方と組みました。そいつは“いずれやめる”って言ってたし、僕も“ダメになったらやめよう”っていう程度の気持ちでした」(富澤)

ライブで頭角を現すも、吉本の方が仙台から1年半で撤退。折しも伊達さんが会社を辞めるのだ。

「じいちゃんが亡くなったんです、あっけなく。それで“人生、好きなことやらないとなあ”って。会社は楽しかったけど、やっぱり20代は何かに挑戦すべきなんですよ。で、大切なのは30歳のときに何をしているか…PHPの本で読んだんですけど」(伊達)

そしてコンビ結成、3年の期限を切って上京。だが富澤さんはまだ「ダメならやめよう」だった。3年はあっという間。でも売れなかった。ライブではウケるのに、TVから声はかからない。

「TV観ながら“こいつらより俺たちの方が面白い”って」(伊達)

「ライブを続けていればいつかスカウトされて、TVに出られると思ってたんですが…」(富澤)

同じライブで同じファンにウケ続けても意味がないと気づいたのだ。これまでの枠を破らないと、先には進めないのだ。

「だから片っ端からいろんなライブに出たんです」(富澤)

バイトも辞めて月に15本。するとあるライブにTVカメラが入っていて『エンタの神様』への出演が決まったのだという。

「そこで本気になったから、だと思うんですよ。遊んでたっていいけど、どこかでそういうタイミングがないと。それは誰かに言われるんじゃなくて、自分で気づくことでしょうね」(富澤)

「僕は、自信さえあればとことんやっていいと思います。ただ、ポイントは30歳ですね。そのときに何してるのか。新人のころからそこをきちんと想像して生きる! でもまあ、運もあるかな(笑)」(伊達)

稲田 平=撮影
photography PEY INADA
武田篤典(スチーム)=取材・文
text ATSUNORI TAKEDA

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