バレンタイン監督の知られざる一面

激賞されるバレンタイン監督敵の多さも個性と才能の証?

2005.12.01 THU

31年ぶりの日本一に続き、千葉ロッテを初代アジアチャンピオンにまで導いた将への称賛はなかなかやみそうにない。確かに強烈なリーダーシップを発揮し、チーム、球団を改革した手腕は鮮やかなものだった。

ラテン系の明るさも持つバレンタインは、カメラの前ではスマイルを絶やさないが、相当な自信家にして激情家でもある。レンジャース監督時代の90年には1シーズン18度というMLBの退場記録も樹立。日本球界へ復帰した昨年も、オリックスの伊原監督(当時)と試合中に激しく罵り合ったり、今季の開幕前にも楽天の元GMマーティー・キーナートと舌戦を展開した。通訳なしのインタビューを得意とするスポーツライターの服部健太郎氏もそんなバレンタインの“素”を垣間見た一人。

「昨年の開幕前にインタビューした時、日ハムの新監督となったヒルマンについて聞こうとすると、明らかに『一緒にするな』という反応を返してきた。ストレートにプライドの高さを感じましたね」

確固たる自信、強烈な個性は、時に軋轢も生む。95年の初来日時には、シーズン終盤に当時のGMでバレンタインを日本球界へ導いた広岡達朗氏との確執が表面化。チームを10年ぶりのAクラス(2位)へ押し上げながら1年で日本を去る結果となった。噂された一部コーチ、選手からの反発も含め、さしずめ改革に際しての「抵抗勢力」との戦いを思わせるが、信念を曲げてその前に屈することはなかった。

また、「いいと思ったもの」は何でも取り入れるのもボビー流。10年前の監督就任時、真っ先にユニホームを変えたのもその1つ。メインカラーだったピンクを「戦う男の色じゃない」と、ピンストライプを基調にした現在のものへ変更。今季はそこへ燃えるイメージの赤を加えた。それらすべては「チームを強くしたい」一心。そのためには周囲との衝突も恐れない。これまでの結果を見れば“敵”の多さもまた、その能力ゆえと言えそうだ。

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