阿吽の呼吸で立つことが理想らしい…

なぜ、相撲にとって“立ち合い”が大切なのか?

2008.10.30 THU



写真提供/時事通信
近ごろ、何かと世間を騒がせている大相撲。そのなかで地味ながら気になったのが「立ち合い」を巡る問題。秋場所から新たに就任した武蔵川理事長が打ち出した立ち合い手つきの徹底は、本場所前日の通達だったこともあり、力士たちからは不満が続出。以前からしっかり手をつかないエア立ち合いが目立っていた横綱朝青龍も、「お互いに息が合っていれば、(手つき不十分でも)やらせた方がいい。(やり直しは)集中力がなくなる。急にいわれても直らない」と、理事長の方針に真っ向から反論した。

立ち合いとは両力士が呼吸を合わせて立ち上がり、勝負を開始するまでの動作のことをいう。相撲は立ち合いの成否で勝負の8割が決するといわれている。スピードが身上の朝青龍にとって、立ち合いの遅れはまさに命取り。手つきの徹底は死活問題になりかねない。しかし、公認相撲規則には、「立ち合いは腰を割り両掌を下ろすを原則とし」と明記してある。武蔵川理事長も「ちゃんとルールに書いてあるだろ」と、朝青龍の反論を一蹴した。

立ち合いとは、お互いが阿吽の呼吸で立つことを理想とする。つまり、相手と気持ちや呼吸を合わせるということだ。スポーツならば、審判(行司)の「用意、ドン!」の合図で立ち上がる方が公平のような気もする。「勝たなきゃいけないのに、なんで相手に合わせる必要があるのか」。心底ではそう思っている外国出身力士もいるかもしれない。しかし、相撲はスポーツであると同時に、様式美を追求する伝統芸能の側面もある。相手のことをまったく考えずに、立ち合いでむやみに突っ込む姿は美しくない。

昔からいわれる立ち合いの極意として、「後の先」という言葉がある。相手を受けて立つように見えて、実際は先手を取るという意味である。戦前の大横綱双葉山は、相手が1回目の仕切りで突っかける奇襲に出ても、必ず受けて立った。力士は立ち合いにすべてを懸ける。我々もこの一瞬は見逃してはならない。


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