真央ちゃん、ミキティ、友加里を輩出

名古屋地方はどうしてスケート王国なのか?

2009.01.29 THU



写真提供/時事通信社
空前のフィギュアスケートブーム。その立役者ともいえる浅田姉妹や安藤美姫など、フィギュア界にはなぜか名古屋(愛知)の出身や、同地がホームグラウンドの選手が多い。どうして名古屋は続々と優秀な選手を生むのだろう?

「リンクが多く練習環境に恵まれているのも理由のひとつです。名古屋は1970年代からスケートが盛んでした」とは、財団法人日本スケート連盟・森田勝昭理事。現在、愛知県にあるリンクは6カ所。これは東京、大阪ともほぼ同じ数だ。しかし名古屋では全盛期には、屋内外、大小合わせて15以上のリンクがあったという。

「昭和45年、日本スケート連盟が教本を作って全国にスケートを普及させようとしたとき、東京以西では教本にのっとってきちんと教室で教えようという動きが広がりました。なかでも名古屋は昔から習い事や教育に熱心な土地柄だったせいか、スケート教室も他県に比べて賑わいました」(同)

実は名古屋生まれの筆者も子供のころスケート教室に通っていたし、それは珍しいことではなかった。さらには女子なら茶道や華道、男子でもソロバン、習字と、確かに名古屋は習い事王国ともいえる。『名古屋の品格』(学研新書)など多数の名古屋本で知られる岩中祥史さんは、この地で習い事が盛んになったのは江戸時代初期からだという。

「尾張徳川家初代当主の徳川義直は、儒教など勉学を奨励しました。そのため尾張では武芸のほかに何かを身につけることが当たり前のようになったといわれています」

江戸時代後期には能や舞踊も盛んになり、習い事は町人の間にも広まったという。

「とはいえ名古屋の人は金銭感覚に厳しいから、習い事で子供にお金をかけるのも趣味や道楽ではなく、掛け捨て保険みたいなもの。特に女子に対しては、結婚後に夫に先立たれても一芸があれば身を助けるという発想が根っこにあります」(同)

名古屋をスケート王国たらしめているのは、どうやら習い事に熱心な伝統と、名古屋流金銭感覚のようです。


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