乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×駒崎弘樹(3)

2013.02.22 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「駒崎さんの活動は、これから新しいことに取り組みたい人、積極的に社会参加を目指したい人にとって、大いに刺激になるはず」(乙武)

「なぜ日本には年商数百億のNPOがないのか?」(駒崎)



乙武: 駒崎さんが病児保育に取り組むにあたり、株式会社ではなくNPO法人の形にしたのはなぜですか?

駒崎: 株式会社は基本的に、株主の利益を最優先しなければなりません。でも僕は、あくまで病児保育という問題を解決したかったのであって、売り上げアップやIPO(新規株式公開)を目指すことには興味がありませんでした。

乙武: つまり株式会社として運営していくと、病児保育という本来の目的と株主の利益が衝突しかねない、と。

駒崎: そうです。それに、「NPO=ボランティア」と思われている風潮を打破したかったというのもありますね。欧米ではその道のプロとして社会問題を次々に解決しながら年商数百億ドルの利益を上げるNPOがごろごろあるのに、日本ではそういったイメージはまったく持たれていませんでしたから。

乙武: なるほど。それにしても、ITベンチャーの経営を辞してNPO法人を立ち上げるというのは、相当な勇気が必要だったのでは…。

駒崎: それはもう、すごく怖かったですよ。何が怖いって、社長じゃなくなってチヤホヤされなくなることが怖かった。…もっとも、咄嗟(とっさ)にそんな小さなことを考えてしまう自分がすごくイヤでしたけど(笑)。
乙武: やっぱり、株式会社のトップにいた時とは、周囲の反応は違うものなんだ。

駒崎: そうですね。当時は独身だったから、合コンなんかにもたまに参加してましたけど、自分の職業をどう説明していいかわからないんですよ。だからいつも、「ボーキサイトを輸入して、アルミニウムを輸出しています…」みたいなわけのわからないことをいって、あまり職業について突っ込まれないようにしてました(笑)。

乙武: ははは(笑)。ちなみにNPOというと、非営利団体というイメージが強いじゃないですか? でも、実際に事業を展開して売り上げを得るという点では、普通の株式会社と同じです。とくに日本の企業は社会への貢献、還元をベースにしている面もありますし…。NPOの定義について、もう少し詳しく解説してもらってもいいですか。
「日本でも最近になってようやく、NPOを事業として経営するという意識が根付いてきました。大変なことも多いけど、楽しいですよ」(駒崎)  
駒崎: さかのぼると、株式会社の始まりは東インド会社ですよね。要はリスクと利益を出資者たちのあいだで分配する最初の形で、これが資本主義がブレイクする大きな要因になりました。これに対してNPOというのは、たとえばひとつの村を作る際に、「子どもたちが学ぶ場がほしい」「病気を治す施設が必要だ」と、有志が寄付しあって必要なものを作るようなこと。どちらも事業という点では同じだけど、NPOはあくまで目的ありきだから、利益を最大化しようとする必要はないんです。

乙武: しっかりと機能を果たすものであればいい、と。たとえば寺子屋なんかは、まさしくNPOの原型といえるのかも。

駒崎: その通りです。福祉施設を兼ねていた昔の寺院なんかもそうですよね。あと、大阪には八百八橋というのがありますけど、幕府が造ったのはそのうちせいぜい4~5つで、他はすべて商人の寄付で造られたそうです。これもやっぱり今日のNPOそのものでしょう。

乙武: かつては壮大な理念ばかりが先行して、結局立ち行かなくなってしまったNPOも多く見られたけど、その反省から、今は本来の目的に立ち返っているのかもしれませんね。

駒崎: ここ数年、若く意欲的な人材が大勢現れたことで、NPOを“経営”するという意識が根付いてきたのでしょう。もちろんツラいこともたくさんありますけど、僕は楽しくやってますよ。なにしろ、人から感謝してもらえる機会がすごく多い仕事ですから。

乙武: これから自分で新しいことを立ち上げたいと思っている人にとっては、大いに刺激になるお話ですね。いくら想いがあっても、それがカタチにならなければ意味がない。駒崎さんの活動が、大きなヒントになったらいいなあ。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
駒崎弘樹さん
1979年生まれ。NPO法人フローレンス代表として病児保育支援に取り組むかたわら、内閣府非常勤国家公務員(2010年)、明治学院大学・非常勤講師など幅広く活躍。07年にはニューズウィーク誌上で「世界を変える社会起業家100人」に選ばれた

取材協力・関連リンク

関連キーワード

注目記事ピックアップ

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト