乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×高木新平(3)

2013.09.20 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「シェアハウスのようにひとつの家で一緒に暮らすのは現実的じゃなくても、友人たちが近いエリアで集まって暮らせば、育児などで助け合えて多くのメリットがあるかも」(乙武) 撮影=後藤 渉

乙武洋匡「友人同士が近所に集まって暮らすのってどう?」



乙武: じつは僕、「シェアハウス」という言葉を知る前から、ひとつのマンションに友人同士がそれぞれ部屋を持って暮らすかたちが採れないかな、と考えていたことがあったんだよね。これはとくに子どもが生まれてからの発想なんだけど、要は子育てをご近所住まいの仲間でサポートし合うことができたら素晴らしいな、と。

高木: ああ、それはたしかにいいですよね。誰もが実家の近くに住んでいるわけじゃないから、親のサポートを受けられない家庭はとくに。

乙武: そう。不慮のアクシデントの時も、近隣に頼れる人がいるのは安心だしね。昔はそういう近所づきあいが普通にされていたはずだけど、最近はお隣さんとろくに会話をしないケースも多くて、なかなか「ちょっと美容院へ行くので、子どもを見ていてもらえませんか?」なんて言えなくなってきている。だったら、もともとの知り合いが集まって暮らせばいいんじゃないか、という考え方なんだ。

高木: 乙武さんのその考え方、実際にあるんですよ。「ニアハウス」と呼ばれるらしいんですけど、シェアハウスのようにひとつの家に一緒に住むのではなく、近所に友人を集めて暮らすかたちですね。僕の知人にも、自宅付近にいい物件が出ると、SNSなどを通じてがんがん宣伝して、友人を“誘致”している人がいます。その結果、周囲に仲間がたくさん住むようになって、遊びも仕事もやりやすい環境ができあがる。

乙武: うん、まさにそれに近い。たとえば小さな子どものいる世帯同士が、週に1度ずつ、お互いの子どもを1日預かるようにすれば、夫婦でゆっくりデートを楽しむ時間だって作れるよね。そういうのって、とても豊かな生活だと思う。高木君が「Liverty」などで地方での活動にも積極的なのは、もしかするとそういった古き良きコミュニティが多少なりとも残っているからかもね。

高木: コミュニティって生きる上で欠かせないものだけど、既存のコミュニティは疲弊してしまっている気がします。だからこうしていろいろと実験しているわけですが、地方にはまだまだ独自の地域コミュニティが残っていて、なるほどと思う知恵がたくさんあるんですよ。

乙武: 僕が2011年にオープンした「まちの保育園」にしても、ただ子どもをお預かりするだけでなく、そういった“コミュニティ”の再構築に寄与したいという思いが強い。保育施設でもあり、街づくり施設でもあるというのがコンセプト。これは高木君の活動の理念にも近いよね。

高木: そうですね。あと、現代のコミュニティづくりで難しいのは、人が簡単に移動してしまうってことじゃないでしょうか。それは地域でも会社でも同じで、一箇所にずっと縛り付けるという前提は、保ちにくくなってますよね。

乙武: もちろん、Uターンなど地元に帰ってくる若者がいないわけじゃないけれど、やはり進学や就職を機に、都市部へと移り住んでいく人は多いよね。

高木: そこで、場所を変えながらでも、何らかのコミュニティに所属しようと思ったら、「家」くらいのユニットがちょうどいいのではないかと思うんです。参加したり離れたり大きさを変えたり、“可変するコミュニティ”として。何より、「ただいま」「おかえり」というコミュニケーションがあるのはわかりやすいですし、日常のなかで“居場所”を感じられることが重要。極論をいえば僕は、すべての家がシェアハウス化すれば自殺はなくなるとさえ思っているんです。

乙武: なるほど。とくに地方と違って、「ひとり」の寄せ集めでできている都心部では、コミュニケーションを図れる仲間が常に集まっている居場所というのは、大きな安心感がある。そういう意味でも、シェアハウスには今後ますます広がっていく可能性を感じるね。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
高木新平さん
1987年、富山県生まれ。博報堂退社後、シェアハウス「よるヒルズ」やモノづくり集団「Liverty」など実験的なコミュニティを立ち上げて活動。また企業ブランディングや政治キャンペーンも手がける。

取材協力・関連リンク

関連キーワード

注目記事ピックアップ

編集部ピックアップPR

ブレイクフォト