乙武洋匡の「自問多答」

[対談]乙武洋匡×藤沢烈(3)

2014.03.21 FRI

乙武洋匡の「自問多答」


「復興への取り組みも4年目に突入。訪れるたびに変わっていく街の様子や、現地の人々との交流を、ぜひ多くの人に楽しんでほしい」(乙武) 撮影=後藤 渉

藤沢烈「震災から3年。やっと復旧から復興へ向かい始めた」



乙武: 東日本大震災から3年が経ち、少しずつメディアで取り上げられる機会も減ってきました。それに比例して、人々の関心も徐々に薄まってきているのではないかという懸念を感じています。この3年間、ずっと被災地に接して活動してきた藤沢さんは、被災地はこれからどのような時期に差し掛かると考えていますか?

藤沢: この3年という節目は、いろんなことが大きく変わるタイミングになると思います。言葉で表すなら「“復旧”から“復興”へ」ということでしょう。被災地の感覚からすれば、「復興」はまだ始まっていませんから。

乙武: なるほど。「復旧」というのは、建物や道路を元通りにする作業ですよね。だとすると、「復興」とはどのような状態を指すのでしょう?

藤沢: 今はまだ、被災地の何割かがようやくゼロに戻った段階に過ぎないんですよ。つまりここからが本当の勝負なのですが、とりわけ重要なのは「家」です。すでに一部、復興住宅への移住が始まっていますが、むしろ住居が行き渡ってからの方が、取り組まないといけないことは山積みだと思いますね。

乙武: たとえば、雇用の創出ですよね。

藤沢: そうですね。家を建てることは、お金と時間さえかければ、行政主導で一応の進展があるわけです。しかし、そこに産業を興して雇用を作り出し、経済をまわしていくことは、民間主導でやらなければならないことです。

乙武: 被災地のなかには、もともと震災前から少子高齢化、過疎化によって経済が著しく停滞していた地域も少なくありません。「復旧」によってマイナスをゼロに戻すだけでは意味がない、という指摘もありますよね。

藤沢: 結局のところ、若く優秀な人材が中央にばかり集まりがちな“人の流れ”に問題があるわけです。進学や就職で一度は県外へ出ていった若い世代が、再び戻ってくるような産業を興せればいいのですが。

乙武: このあたりは道州制の議論にも似ている気がします。いくら権限を地方に移譲しても、優秀な人材が大都市に集まってしまうようでは機能しない。その意味でも、まずは「中央>地方」という価値観を変えていかなければなりませんね。

藤沢: そのためにも、やはりまだまだ他県の皆さんが東北に興味を持ち、足を運んでくれることが大切だと思うんです。ただ魚を食べに行くのでもいいし、温泉旅行でもいい。被災地全域をフォローするのは難しいでしょうから、それぞれがどこか1カ所だけでもお気に入りの場所を見つけて、まとまった休みのたびに遊びに出かける、とか。震災復興というのは長期戦になりますから、ゆっくり腰を据えて応援してもらえればと思います。

乙武: そうですね。訪れるたびに街が復興していく様子に触れるのも、きっと興味深いと思うんです。僕自身、何度も被災地に足を運ぶうちに現地の方々との交流が生まれ、彼らに会えるのを毎回楽しみにしているんです。

藤沢: とくにこれからの数年は、これまでより速いスピードで変わっていくと思いますから、きっと訪れた人もいろいろと感じることは多いでしょうね。

(構成:友清 哲)


【今回の対談相手】
藤沢烈さん
1975年京都府生まれ。RCF復興支援チーム・代表理事。一橋大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て独立。NPO・社会事業等に特化したコンサルティング会社を経営。東日本大震災後、RCF復興支援チームを設立し、情報分析や事業創造に取り組む。文部科学省教育復興支援員も兼務。共著に『ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論』(朝日新聞出版)、『「統治」を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会』(春秋社)。

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