「伊勢志摩サミット」間近にしっかりおさらい

形骸化の声もあるけど…「サミット」の意義とは?

2016.05.09 MON

会社では学べない!ビジネスマン処世術


前回のサミットは2015年6月にドイツ・エルマウで行われた。覚えてます…? 写真:新華社/アフロ
5月26日、27日に三重県伊勢志摩の賢島(かしこじま)で開催される「第42回主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)」。主要国首脳会議とは、日・米・英・仏・独・伊・加の7カ国とEU(欧州連合)の首脳が参加する国際会議で、“G7サミット”と呼ばれている(一時はロシアを加えた“G8”だったが、2014年以降、ロシアが参加資格を停止され”G7”に)。

一時は、国連をもしのぐほどの影響力を持つ会議だといわれていたが、最近は「形骸化している」なんて声も…。そもそも、サミットはどんな役割を担ってきたのか? 数多くのサミットを取材してきたジャーナリストの嶌 信彦さんに聞いてみた。

「一言でいえば、世界を安定させるのが目的です。サミットが初めて開かれたのは第二次大戦が終わって30年経った1975年。1970年代に入るとアメリカが金とドルの交換停止を発表した“ニクソン・ショック”や第一次石油危機など、世界経済が混迷の状態にあり、また大戦を懸念する時代となりました。歴史をさかのぼると、為替の切り下げや高関税競争といった経済的混乱から、第二次世界大戦に突入した過去があります。70年代初めの経済状況は大戦前と似ており、再び戦争を引き起こしてはならないとの思いから、ジスカール・デスタン仏大統領(当時)が世界経済について話し合おうと提唱したのです」

嶌さんによれば、過去に行われたサミットのなかでも、特に大きな成果を残したのは次の3つだという。

●第1回 ランブイエサミット(1975年)
「通貨、石油危機など、世界経済が嵐の状況に向かうタイミングで、各国が政策協調のための話し合いの場を設けたのは大いに意義がありました」

●第5回 東京サミット(1979年)
「各国の石油の輸入割当量を決めました。自由経済下で数値目標を決めることには各国から不満が挙がりましたが、それでも石油危機を回避すべく調整したG7サミットのリーダーシップは、世界に大きな影響を与えました」

●第6回 ヴェネツィアサミット(1980年)
「この回から政治問題も焦点に。というのも、この前年にソ連がアフガニスタンへ侵攻したからです。サミットが政治についても話し合う場として性格を変える第一歩となりました」

一番新しいものでも36年前…。やはり“形骸化”している?

「1990年に冷戦が終結すると、世界的課題はG7だけでなくロシアなど旧社会主義圏の国々、途上国、新興国も加わらないと解決しなくなり、G7に中国やインドなどが加わったG20が開かれるようになりました。しかし今は、先進国、新興国、ロシアなどの課題や解決策はなかなか一致しません。それぞれの利害関係を調整すると、中途半端な間をとったような中身のない共同声明になってしまう。また、初期のサミットはレーガン米大統領やミッテラン仏大統領、シュミット独首相(いずれも当時)など、個性的で人間的に魅力があってリーダーシップを発揮する人物が中心にいました。最近は、そういう人物がいないのも、G7サミットの求心力低下の一因でしょうね」

では、今後G7はどうなっていくのか?

「サミットがなくなるようなことはないと思いますが、COP(気候変動枠組条約締約国会議)などの環境に関する会議や、OECD(経済協力開発機構)の会合など、それぞれの分野に特化した会議で、より専門的な提言や話し合いがされるようになると考えます」

また、形骸化しつつあるとはいえ、「サミットが扱う議題をチェックすることによって世界各国が“問題視”していることが分かる」とも嶌さん。最後に、僕ら若手ビジネスマンが、今回の伊勢志摩サミットで特に注視すべきポイントは?

「テロ対策や、先日パナマ文書で話題になったタックスヘイブンの問題などにくわえて、若いみなさんの生活に直接的に影響しそうなのが『デフレの解決策』です。“日本の首脳は何も発言しない”なんて揶揄されてしまうこともあるので、『僕らの将来のために、日本が何を言うのか』に注目してほしいです。一方で、1~2年先の課題だけでなく、10~20年先の日本や世界をどうするかといったことを考えるのは若い人々の役割だと思います」
(南澤悠佳/ノオト)

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