求めれば総理になれた政界の闇将軍

民主党のキーパーソンやはり小沢一郎である

2004.08.26 THU

肩書きは「前代表代行」。小沢一郎氏に役職はない。会社で言えば平社員だ。しかし、その言動は党内で最も影響力を持ち、社長に当たる岡田代表を差し置いて「民主党のキーパーソン」と目されている。なぜだろう?「壊し屋」「闇将軍」などという氏のあだ名の由来を探りながら、そのキーパーソンたる所以を明らかにしたい。

小沢一郎氏は69年、大学院在学中の27歳で自民党から立候補して衆議院議員に初当選。89年には歴代最年少で自民党幹事長を務めるなど、政権の中枢で活躍するも、93年に自民党を離党。改革に足踏みする宮沢政権に失望したためらしい。これに伴う内部分裂が原因で自民党は総選挙で敗れ、奇しくも小沢氏は自民党結党以来初の野党転落の“立役者”となった。その後、新生党、新進党、自由党で要職を歴任し、03年に民主党に合流するまで結党・解党を繰り返す。「壊し屋」と呼ばれる所以である。

「求めれば総理になれた」と評されることもあった小沢氏だが、なぜかいつも一歩引いてしまうのが氏の性向らしい。裏方として奔走した海部、宮沢、細川、羽田の4政権では、政界をして「政治は小沢を中心に動いている」と言わしめたほどの手腕を発揮した。小沢氏がトップの座に就いたのは新進党と自由党の党首になった時だけ。しかも数年で解党している。氏はトップにいるより、黒幕としてトップを補佐する方が力を発揮できるタイプの政治家らしい。「闇将軍」と呼ばれる理由はここにある。

その政治家人生において、小沢氏は「改憲」「脱官僚政治」「二大政党制」などを主張してきた。氏はこうした改革のために、「壊し屋」や「闇将軍」の役回りを引き受けてきたのかもしれない。事実いま、二大政党制は実現されつつある。7月末、岡田代表の訪米中の「改憲発言」に対し、小沢氏はこう述べた。「政権を担当するなら、今の憲法下でどうするのかを考えないと―」。“批判”ではなく、キーパーソンの面目躍如たる“助言”に聞こえた。

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